演説を歌ったジャーナリスト
「演歌」という言葉が「演説」の「説」を「歌」に置き換えた造語として用いられていた時代があったことを、今ごろ知った。演歌の演じ手は「演歌師」と呼ばれ、今の言葉でいえば、シンガーソングライターとストリートミュージシャンとフリー・ジャーナリストを合わせたような存在であったようだ。演歌のスタイルも、為政者をからかう政治的アジテーションや、貧しい人々を慰撫する哀歌、どこか笑える春歌・・・などいろろあった。そんな演歌師たちが生き生きと歌ってい時代が明治から大正にかけての日本にあり、添田唖蝉坊という人はひときわ光を放っていた。(興味のある人はYouTubeなどで視聴してみてください)
添田知道 (2008) 『流行り唄五十年 唖蝉坊は歌う 小沢昭一 解説・唄』 朝日新書
岡大介・小林寛明 (2008) 『かんからそんぐ 添田唖蝉坊・知道をうたう』 オフノート/邑楽舎
添田知道, 高田渡ほか (2008) 『唖蝉坊は生きている』 キングアーカイブシリーズ
『流行り唄五十年』は、唖蝉坊の後継者で息子・知道が半世紀以上前にに「朝日文化手帳」(1955年)に寄稿した文章の復刻版。小沢昭一が解説と唄(ミニCD に収録)が付けられた。知道は、父・唖蝉坊の半生をつづりながら、折々に創作された歌詞の背景を解説する。なによりも、膨大な歌詞が収録されているのがよい。前に「日本海軍→富の鎖→わからない節」で記したように、唖蝉坊たち演歌師のなかには、すでに当時の人々の耳になじんでいる曲に、独自の歌詞を付けている例(替え歌)が多数みられる。もし唖蝉坊が生きていれば、知的所有権をめぐる「喧嘩口論・訴訟沙汰♪」の風潮を、だれかの曲をパクりながら、思い切り茶化してくれるであろう。
演歌はもともと演説を歌にしたもので、板垣・自由党に心酔した政治青年が伊藤博文をコキおろすため、壮士芝居とともに演じられたり、苦学する書生たちによって歌われたようで、一部では「書生節」などとも呼ばれたと知道は記している。唖蝉坊も当初は自由党シンパであったようだが、やがて、みずからを含む庶民の声に耳を澄まし、庶民の暮らしのなかにある心情へと、方向性をかえていく。そんな唖蝉坊の「変節」について、知道は「渋井のバアさん」と呼ばれる女性の影響が大きかったと記しているが、さぞや面白いバアさんであったのだろう。
紆余曲折を経た唖蝉坊の歌々を、21世紀のいまも歌い継いでいるのが、岡大介(カンカラ三線)&小林寛明(ラッパ、二胡)である。唖蝉坊は思想統制が厳しくなっていく時代を生きており、今日とはずいぶん状況が違う。ただ、共通点があるとすれば、それは腐敗と不況であろう。岡大介&小林寛明による唖蝉坊演歌が人々の心をつかんでいるのは、唖蝉坊の時代から連綿と続いている庶民のやりきれなさを慰撫し、励ましているからではないか。
そういえば、ずいぶん前に越路吹雪のベストアルバム(カセットテープ)を買ったとき、「愛の賛歌」や小粋なシャンソンのほかに、「マックロケ節」、「東雲節(ストライキ節)」、「ドンドン節」「どこまでも節」などが混じっていた。コーちゃんも好きだったんですね、演歌が。
「ラッパ節」よりわたしが秀逸だと思う歌詞を抜粋華族の妾の かんざしに ピカピカ光るは 何ですえ?
ダイヤモンドか? 違います
可愛い 百姓の 膏汗(あぶらあせ)! トコットットット♪当世紳士の さかずきに ピカピカ光は 何ですえ?
シャーンペーンか? 違います
可愛い 女工の血の涙! トコットットット♪大臣大将の 胸先に ピカピカ光るは 何ですえ?
金鵄勲章(きんしくんしょう)か? 違います
可愛い 兵士の しゃれこうべ! トコットットット♪子供の おもちゃじゃ あるまいし
金鵄勲章や 金平糖(こんぺいとう)
胸につるして 得意顔
およし オトコがさがります! トコットットット♪
ジャーナリズム研究で、唖蝉坊たち演歌師の実践は脚光を浴びているように思えない(わたしが知らないだけかもしれないが)。いつか、こうした市井の「ジャーナリズム活動」に焦点を当ててみたい。
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コメント
岡大介くんは素直すぎるのが欠点ですが、いまどきの若い歌い手には珍しく、気骨のある人です。去年の11月以来ライヴに接してはいませんが、元気でやっていることでしょう。
ハタさんも、一度ライブにぜひ。私が体験したのは、西荻窪の焼酎のお湯割りのにおいがぷんぷんする、小さな酒場でした。
投稿: meitei | 2009年12月17日 (木) 19時33分
>meiteiさん、
さすが、すでに岡大介さんをご存じだったのですね。
西荻窪の焼酎の店、いいですね。
ぜひライブを聴きに行きます!
「ラッパ節」など、一緒に歌いたいですね(笑)
投稿: 畑仲哲雄 | 2009年12月17日 (木) 22時35分
岡大介くんは、発想はきわめてユニーク。しかし、表現がまだまだ力不足というのが、去年の11月の時点での私の評価でした。その夜は京都在の友人、古川豪とのジョイントで、ま、はっきりいえば古川くんとの圧倒的な差が誰にもはっきり印象づけられる一夜でした。
岡くんを知ったのは、彼がなぎら健壱の本に出てくるフォークシンガーを訪ね歩いた結果、古川くんのところにたどり着き、その古川くんから「おもしろいシンガーがいる」と紹介されたのがきっかけでした。
古川くんは、年に1回、東京でライブをやっていて、来年もたぶん10月か11月に来るはずです。そのとき、必ず岡くんも共演するでしょう。
ということで、先の長い話ですが、来年の古川ライブにご一緒しましょう。
投稿: meitei | 2009年12月18日 (金) 19時42分
>meiteiさん
古川豪さんといえば、有名なフォークシンガーですね。
ぼくは関西出身ながら、世代的にズレがあって、
その方面の歌はリアルタイムでは聞いていません。
しかし、meiteiさんのお話を聞いていて、
岡さんの領域がなんとなく分かってきました。
来年の古川ライブ、楽しみにしています!
投稿: 畑仲哲雄 | 2009年12月19日 (土) 14時48分