『夜になるまえに』と「反革命」芸術家
同居人が何の気なしに借りたDVDがビンゴだった。コーエン兄弟の『ノーカントリー』で心のない殺人者を演じたハビエル・バルデムが、亡命キューバ人でゲイの小説家レイナルド・アレナスを熱演していた。なるほど役者とはこんなにもすごいものなのかと唸ると同時に、アレナスとヴィソツキーやオクジャワたちとの共通点を考えた。
ジュリアン・シュナーベル監督 『夜になるまえに』 (英題: Before Night Falls, 原題: Antes Que Anochezca, 2001, 米)
ブラート・オクジャワ 『紙の兵隊』 (オーマガトキ, 1998)
わたしは、革命を成し遂げたキューバを、「なんくるないさ」的な温和な風が吹いているような土地だと錯覚していた。つまり、寒い気候のため眉間にしわを寄せている旧ソ連や旧東ドイツのような土地と違い、「カネがなくても歌がある!」というような人が多いというような思い込みを抱いていた。あきらかにステレオタイプ化された愚かな認識である。
革命政権が、体制の維持強化のため「反革命」を指示して弾圧するのは世の道理で、南国キューバでも大衆への影響力が大きい芸術家や作家は監視され、ゲイなどの性的少数者も危険視され迫害された。ゲイ作家であったアレナスは、国内での小説出版はとうてい不可能で、命をかけてフランスの画家に小説原稿を託したり、収監された監獄で書いた自伝をゲイの囚人を通じて刑務所外に持ち出してもらったりという、すさまじい苦労をした作家であった。
こうした活動は、旧ソ連で「吟遊詩人」として地下活動をしたウラジミール・ヴィソツキーやブラート・オクジャワに共通する。ヴィソツキーやオクジャワの歌は、幾度もいくどもカセットテープにダビングされ、人々を慰撫し、人々の怒りを代弁し、人々を勇気付けた。むろん、そうした歌を歌うのも、聞くのも、テープを持ち歩くのも危険極まりないことであった。わたしは学生時代にソ連を旅行した際、ソ連側の添乗員からヴィソツキーのレコードを買うよう勧められた。添乗員はおそらく西側からやってきた旅行者を監視する役目を負っていたはずだが、そんな彼からも賞賛されていたヴィソツキーは希望の人であったのだろう。
アレナスが幸いだったのは、カストロが1980年に「反革命分子」一掃のため12万人以上のキューバ人の亡命を認め(マリエル事件)、これによって米国に亡命できたことだ。そして、アレナスが不幸だったのは、ニューヨークで息の長い創作活動ができたはずなのに、1990年にエイズのため47歳の若さで死去したこと。アーティストのなかには、体制や権力とよい関係を築ける人もいるが、自らの表現と表現者が不可分な関係をもつがゆえに、体制や権力と一切の妥協がきない人もいるということなのか。
アレナスのことはよく知らないが、こういう作家の作品を日本で出版しているのは、国書刊行会なんですよね。あと、この映画にはジョニー・デップとショーン・ペンがちょこっと出演しています。
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コメント
もちろんジョニデ目当てで見ましたよ。
でもそれ以上に見応えのある作品でした。
あの軍曹とのシーンだけはやたら妄想的でしたけど?ね。
監獄での狂気や、亡命へ向けてのいろいろなチャレンジ。
ハタさんと同じく持っていたキューバのイメージが崩れさりました。
この映画の音楽も印象的でしたね。
投稿: mono | 2009年12月30日 (水) 00時43分
シュナーベルって画家なんですよね。
バブルの頃、子会社がバカ高い絵を扱ってました。
その人が映画監督になって結構いい映画を撮ってますね。
「潜水服は蝶の夢を見る」も佳作だと思います。
私もキューバについては明らかにステレオタイプ化した認識なので、
それを覆すためにもぜひ見てみようと思います(ジョニデ目当てで^^)。
投稿: pinoko | 2009年12月30日 (水) 09時06分
>monoさん
いろんな意味で、見ごたえアリの映画でした。
ジョニー・デップは、どこにでもいる美形男子のアンチャンではなく、
出演する作品をかなり選んでいるようですね。
ちなみに、ステレオタイプというと、
「なんくるないさ~」の沖縄も「儲かりまっか」の大阪も
かなり人為的に作られていますね。
>pinokoさん
なるほど、画家ですか。映画の絵コンテにも高い値段がつきそうですね(^^)
「潜水服は・・・」はまだ見ていませんが、それも結構な話題作でしたね。あと、「バスキア」も。
ちなにみ、「夜に・・・」に登場するジョニ・デはじつに見事ですよ。
投稿: 畑仲哲雄 | 2009年12月30日 (水) 10時06分