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2010年1月31日 (日)

「政局」と小説吉田学校

Yoshida_school_bookYoshida_school_movie「政局」という言葉は、政治現象を表現するための、おそらく日本で独自に発達した概念なのだろう。広辞苑では「政治の局面。その時の政界の有様。政界のなりゆき」という字義通りの説明だが、現代用語の基礎知識には「政治の主導権をめぐる争いが表面化した状態を示す言葉」と一歩進んだ解説が記されている。やくざの世界でいえば「出入り」、RPGでいえば「バトルモード」に相当すると思えばよい。そんな「政局」を人間ドラマとして描いたの映画『小説吉田学校』を、森重久弥を懐かしみながら観た。小説は未読だが、第1部の途中までなら読んでもいいかなと思う。

森谷司郎監督『小説吉田学校』(東宝、1983)
戸川猪佐武 『小説吉田学校〈第1部〉保守本流』 (学陽書房、人物文庫、2000)

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2010年1月27日 (水)

「戦う知事」と地方分権の微妙な関係

これもしばらく前のこと。正月の帰省Uターンで新幹線のグリーン席しか空いていなくて、泣く泣く乗ったとき、ニュース誌『WEDGE』を手に取ったら、「そうだよ、そうだよ」と膝を打つ特集に出会った。特集名は「地方分権って簡単に言うな」。近年、大阪府の橋下知事や宮崎県の東国原知事らマスメディアによく登場する知事たちが地方分権の旗手であるかのように受け止められているが、地方分権のゴールは、都道府県をなくし、もっと小さな規模の自治体に権限を与えることにある。知事たちが都道府県の権限を強めることは、本来あるべき地方分権改革にとってどうなのか。学習院大教授・櫻井敬子先生のエッセーは明解であった。

櫻井敬子 (2010) 「地方分権という美名の陰で」,『ウェッジ』, 22(1) (通号 249) , pp.30~33

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2010年1月25日 (月)

いま振り返る「ポスト戦後」

Postsengosghakaiしばらく前に『ポスト戦後社会』を読んだ。岩波新書の「シリーズ日本近現代史(9)」として出版された吉見先生の著書。このシリーズは『幕末・維新』に始まり、『民権と憲法』『日清・日露戦争』『大正デモクラシー』『満州事変から日中戦争へ』『アジア・太平洋戦争』『占領と改革』『高度成長』という前史の巻があり、吉見先生が最後の「ポスト戦後」を執筆した。これで打ち止めだろう。「ポスト戦後」という時代区分は、1960年代半~70年代前半あたりから、およそ今日までを指す。それは、わたしが物心をついて以降の日本。思想、市場、文化、制度、家族、経済、政治などさまざまな変化が読み解かれている。やはり、近現代史はきちんと勉強しておかないといけないなあとあらためて感じた。

吉見俊哉 (2009) 『ポスト戦後社会:シリーズ日本近現代史 〈9〉』 岩波新書

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2010年1月13日 (水)

「ああ解放の旗高く」は一高寮歌から

Levelers_ching_dongソウル・フラワー・モノノケ・サミット(SFMS)のアルバム『レヴェラーズ・チンドン』に収録されている曲のなかで、みょうに耳についてしまった歌がある。買ってしばらく経つが、きのうライナーノーツを初めて読み、その歌が、東京帝大の前身・旧制第一高等学校の寮歌の替え歌であったことを知った。SFMSが歌っているのは「水平歌~農民歌~革命歌」である。

ソウル・フラワー・モノノケ・サミット『レヴェラーズ・チンドン』(リスペクトレコード、1999)
労働歌・解放歌・革命歌・水平歌・農民歌・壮士演歌 website
嗚呼玉杯に花うけて (MIDIカラオケおやじの唄 website)
水平歌 ああ、千年の昔より 作詞:西光万吉 (みんなちがって みんないい website)

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2010年1月 7日 (木)

秀作 『未来を写した子どもたち』

Bornintobrothelsドキュメンタリー『未来を写した子どもたち』を観ていて、不意に横面をひっぱたかれたような衝撃をなんども感じた。こんなことを書くのは初めてだが、すくなくともジャーナリズムをまじめに考えている人には、本作を観ることを強く奨めたい。いい意味で「ジャーナリスティック」という言葉が似合う作品だと思うからである。こんなにも直球ど真ん中のノンフィクションがマスメディアでさほどの話題にのぼらなかったのは、原題が「売春窟に生まれて」と直訳されることと、R指定であったためかもしれない。だが、子供たちにも見せたい作品である。

ロス・カウフマン; ザナ・ブリスキ監督 『未来を写した子どもたち』 (原題: Born into Brothels, 2004, 米)
未来を写した子どもたち 公式サイト http://www.mirai-kodomo.net/
Kids with Cameras (http://kids-with-cameras.org/)
zana briski's site (http://www.zanabriski.com)/
'From Sonagachi to SoHo' by Rega Jha, Nov. 9th 2009 nyunews.com

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2010年1月 3日 (日)

軽い軽蔑

社会人大学院生になって2010年で7年目を迎える。今では信じられないことだが、6年前の入学当初、わたしは学問自体に大きな期待も抱いていなかったし魅力も感じていなかった。本格的に面白くなってきたのはDに進んでから--D進学というイニシエーションを経て、ようやくジャーナリズムとアカデミズムの関係を冷静に見つめることができるようになったように思う。年があらたまったのを機に、ジャーナリズムとアカデミズムの微妙な関係について、考えを整理しておきたい。

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