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2010年2月24日 (水)

『蟻の兵隊』はスクープ映画

Arinoheitai約2600人の日本軍兵士が、終戦後も中国・山西省に残り、中国共産党軍と戦ったという、不可解な史実は、いまもそれほど多くの人に知られていないのではないか。歴史の闇に埋もれていたとこの事件を、ドキュメンタリー作家・池谷薫は、元兵士たちに寄り添い、彼らの証言を掘り起こし、世に問うた。2006年に公開され反響を呼んだこの作品を観たのは2010年になってから。なにを今さらかもしれないが、観てよかったと思う。

池谷薫監督 『蟻の兵隊』 (蓮ユニバース、2006)
映画『蟻の兵隊』公式サイト http://www.arinoheitai.com

池谷作品の登場人物によれば、「蟻の兵隊」と呼ばれた2600人は当時の上官から、その後も戦い続けることが天皇の命令であると吹き込まれた。それは、その上官自身が日本に逃げ延びるため、中国国民党軍に差し出した兵力であった。そうした埋もれた「事実」が、インタビュイーの中心人物である奥村和一たちの証言や調査から浮かび上がっていく。2600人のうち550人以上が戦死した。帰国した奥村たちには、その期間の?軍人恩給が支給されなかった。

奥村たちは、上官に“売られた”被害者であると主張する。だが、それは日本側の内部の話であり、中国側からすれば、日本軍兵士たちはだれであろうと圧倒的な加害者であることは否定できない。そのことは奥村たちの心的外傷(トラウマ)となっている。池谷は奥村に付き合い、中国山西省に赴く。奥村の山西省訪問の目的は、中国側が保管する旧日本軍の公文書を調べて事実を突き止めること。そして、初年兵であった奥村自身が罪のない中国の若者を「肝試し」と称して殺害させられた場所で、線香を焚き慰霊をすることであった。

イーストウッド監督の『グラントリノ』では、主人公の老人が、朝鮮戦争で罪のない若者を殺害した罪に苦しめられていて、その心的外傷がクライマックスの伏線に用いられていた。だが、奥村にしろグラントリノに登場する架空の老人にしろ、贖罪しようとする人はむしろ例外で、多くの人は記憶から封印してきたのではないか。みんな知ってるけれど、みんな語らない。シュリンクが『朗読者(The Reader)』で描いたアウシュビッツの元看守たちの態度には説得力がある。

ちなみに、奥村たちが“告発”した上官は澄田ライ四郎陸軍中将で、元日銀総裁の父親である。

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コメント

本もいいですよ。私は本を先によみました。東中野の喫茶店ウーハの書棚には、この本が(も)置いてあり、貸してもらえます^^;。

投稿: Sakino | 2010年2月27日 (土) 01時27分

>Sakinoさん
『人間を撮る―ドキュメンタリーがうまれる瞬間』(平凡社)ですね(^^)


投稿: 畑仲哲雄 | 2010年2月28日 (日) 22時37分

あっ、そういうおんもあったのですね^^;。私が読んだのは、そのものずばりのタイトルの「蟻の兵隊―日本兵2600人山西省残留の真相」新潮社 2007の方なんです。

投稿: Sakino | 2010年3月 1日 (月) 20時26分

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