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2010年4月 7日 (水)

いまこそ安部公房

Inter_ice_age私がすきな日本の作家に安部公房がいる。安部の作品には、人類の業のようなものを感じさせられてきた。三島ではなく、大江でもなく、安部公房の作風と独特な表現に惹かれてきた。1980年代半ばにシベリア鉄道でソ連を横断したとき、「おれはКобо Абеが好きだ」というロシア人がいた。海外に翻訳された点数も多い。だが、ここ数年、街角の本屋さんで安部を見かけなくなった。忘れられた大作家になったことを残念に思っていたところ、KINOKUNIYA書評空間BOOKLOGで石村清則さんが『第四間氷期』を紹介されていたのを知り、嬉しくなるとともに、安部の卓越した人間観・未来観にあらためて感心した。

安部公房『第四間氷期』(新潮文庫、1970年、初出は1958~59年『世界』)

安部は第二次大戦後に活躍した小説家で、劇作家、演出家でもあった。安部の作風がそれまでの日本の作家と違うのは、彼が満州育ちであったことに起因すると言われている。郷土としての日本やその風土などへのこだわりを排している点で、島由紀夫と対照的に思う。どこか異邦人ふうだ。(←文学に関して素人の、ひとりのファンとしての感想です)

『第四間氷期』はずいぶん前に読んだので、ストーリーの大半は忘れてしまったが、たしか「予言機械」を作った博士たちの愚かな苦闘と、想像を絶するポスト人類=水棲人類の2つのパートからなっていたように思う。「予言機械」とは、いまでいえば「地球シュミレーター」を超えるようなスーパー・コンピューターで、ある種の決定論的な未来を語るものであった。予言機械は、極地の氷が溶け、海面が上昇し、人類が文明ごと水没してしまう世界を予言した。しかし、それを知ったはずの人類は生き延びられなかった。終盤は、水棲生物の少年(だったかな?)が、わずかに残された陸地に、なぜだか這い上がろうとする場面で終わる。まるで、陸地に打ち上げられたクジラを連想させ、みょうに心に残った。

石村清則さんはブログで、博士たち人類が未来に適応できなかったのは、「未来は現在の延長であると考えているからである」と述べ、安部の警句をあらためて記しているが、まさに我が意を得たり。この作品が書かれたのは、高度経済成長のとば口にあった半世紀以上前で、コンピューターは普及してなかったし、地球温暖化などだれも想像していなかった時代である。なんという洞察力、想像力であろうか。いまこそ安部公房を読み返すときではないかと思う。

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» 『いつかモイカ河の橋の上で』 中野吉宏 著 (第三書館) [エルミタージュ図書館]
 副題は「会社を休んで59日間 地球一周」とある。  大学を出てフリーターをしながらお金を貯め小さな会社をつくった30代後半の男。一生懸命働くものの不景気も手伝い気持ちは空回り。ちょっとした出来事がきっかけとなり、突然、仕事を放り出し、大学時代以来2回目の海外旅行に出る。出発は大阪港からフェリーで上海へ。そこから鉄路シベリアを経由しロンドン。さらにアメリカも東海岸から西海岸まで大陸横断鉄道で移動し、成田へ。仕上げは「ムーンライトながら」だ。  道程も、日々、仕事に追われるサラリーマンにとっては魅... [続きを読む]

受信: 2010年4月10日 (土) 02時17分

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