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2010年6月 2日 (水)

東京とワシントンを撃てよ

この本を「最低」「最悪」の沖縄ガイドなどと評すると萬月さんの思うツボなので、「沖縄かぶれ」のひとつの典型という評価にとどめておく。「○○かぶれ」というのは、特定の地域やモノなどを偏愛する心理状態を指す。多くの場合、一時的に対象が頭から離れなくなるだけだが、重症になるとなんだか滑稽――「巨人のことなら何でも知っているアンチ巨人ファン」のようなもの――に見える。このような心理を知るには、萬月さんのこの本は「最良」の「沖縄かぶれ」本といえるかもしれない。

花村萬月 『沖縄を撃つ!』 (集英社新書、2007).
大城立裕 『カクテル・パーティ』 (理論社、1982)
スピヴァク, ガヤトリ (2008) 『サバルタンは語ることができるか』 上村忠男訳, みすず書房.
サイード, エドワード.W (1993) 『オリエンタリズム』上・下、今沢紀子訳、平凡社ライブラリー

かくいうわたしも恥ずかしながら軽い沖縄かぶれである。といっても、ことし2月にはじめて2泊の沖縄を旅行しただけである。宿直勤務明けの寝惚けた頭で飛行機に乗り込み、とある勉強会に参加させてもらったのだが、普天間や辺野古には足を運ばず、翌日、繁華街をうろついただけという軟弱ぶりである。なので、わたしには、「かぶれ」を名乗る資格すらない。東京に戻ってからカンカラ三線を引いてる程度の軟弱野郎である。

さて、萬月さんが「撃つ」対象は、(1) 「癒し幻想」を抱き、リゾートだの移住だのはしゃいでいるヤマトの連中、(2) 大所高所からオキナワを論じるヤマトと沖縄のインテリや文化人たち、(3) さらに、こうした言葉が醸し出すイメージ通りに善人ぶって振る舞うふつうの沖縄人たち--である.彼が敵と見なしているのは、「本土」の無知な消費者と威張りちらしている文化人、そして、彼ら彼女らにこびへつらう沖縄の人たちにすぎず、東京とワシントンにある強大な権力ではない。

萬月さんの文体は、露悪的なまでの下から目線である。この本でもたびたび「中卒」というみずからの学歴について言及し、じぶんほど人間の醜悪な部分を見てきた男はいないという経験を強調する。行間からほどばしるのは、「底辺」ともいえる過酷な生育環境で育ってきた俺だから、低学歴でケンカ沙汰の絶えない俺だから、嘘くさいことをいうヤツらを許せないんだという義憤である。目を閉じれば、「してやったり」といわんばかりの得意げな下から目線の表情が浮かび上がる。

その一方で、萬月さんは、売春宿で働く女たちの哀しさを深く理解していることを、みずからの露骨な買春体験談をまじえて語る。じぶんが生きてきた“地獄”と、彼女らの“地獄”とを重ね合わせ、深い悲しみを身をもって知っている弱者の呪詛を展開する。帯の言葉が目にしみる。

我々ヤマトの人間は、文化人を含めて、まったくもっておめでたい。移住だ?リゾートだ?心せよ。琉球の拳には恨みが込められている。ヤマトをぶち殺せ!これこそが、沖縄の人々が我々に放つ正当にして、唯一の言葉。(本文より)

ただし、騙されてはいけない。萬月さんは、だれもが憧れ仰ぎ見る芥川賞受賞者の小説家である。もしかすると、編集者が腫れ物にでも触るかのように接しているかもしれない。つまり、下から目線の無頼派作家にとって、芥川賞は、拭ってもぬぐっても消すことができないピッカピカに汚れた烙印なのだ。彼がおもわず怯んでしまったアメラジアの少年たちは、いくら買春をして偽悪者ぶってみても沖縄を食い物にするヤマトの一人にすぎない。

通読して思うのは、(1) 「沖縄を撃つ!」なんて大仰なタイトルの新書を書くよりも、東京やワシントンを撃てばどうですか?ということ、(2) 「沖縄かぶれ」が重症化した「無頼派」はカッコよくないですよ--ということ。多くの人にお奨めしたいのは、萬月本ではなく、沖縄初の芥川作家である大城立裕さんの『カクテル・パーティ』。エリートでも底辺でもない主人公の痛みは、いまだにヒリヒリする。萬月さんの言葉を借りれば、大城さんこそが、東京とワシントンと沖縄をみごとに撃ち抜いている。

尊敬できる点があるとすれば、萬月さんの視座が、スピヴァクの「サバルタン」やサイードの「オリエンタリズム」などのポストコロニアリズムに近いということだ。まあ、近いだけだが、フィールドワークとしは非常に価値の高い内容を含んでいるので、もっと大きな構造を撃てる気がするのである。

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