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2010年7月31日 (土)

萩耿介『松林図屏風』のすごさ

Shourinzubyoubu長らく小説の世界から遠ざかっていた。働きながら大学院に入り二足~三足~四足のわらじを履くようになって以降、この傾向は顕著になっていた。研究に関連するようなものばかり読んでいたわけでもないのだが、意識して遠ざけていたように思う。かつて数十ページ読み、断腸の思いで積ん読にしていた萩耿介『松林図屏風』に手を伸ばした。そして、こういう作品を書ける作家の才能を心底うらやましく思うとともに、頭が下がった。

萩耿介『松林図屏風』(日本経済新聞社、2008)

主人公は、桃山から江戸初期に活躍した長谷川等伯という絵師である。等伯は、名家の御曹司でもなく、能登・七尾の染色業者の養子として育てられた。長じてから染色の仕事を捨て、狩野派が全盛をきわめていた京に上り、独自の画風で新境地を切り拓いた立志伝中の人物である。

わたしには日本画にまつわる知識や、評価するの眼力もないが、小説に描かれた等伯らの葛藤や人間観・世界観には引き込まれ、到達点の高みに圧倒された。等伯やその周囲の人物はほとんどが実在の人物で、等伯の評伝を残した人もいるようである。しかし、小説内の描写は、萩が構築した世界である。つまり、萩の到達点の高みに圧倒されたわけである。

わたしが惹かれたのは、主人公の眼差しの厳しさである。無名の絵師から出発した人物が、権力者たちを見上げるときの心境。じぶんが精魂傾けて描いている絵が、心根の卑しい者どもを飾る道具でしかないかもしれないという悔しさ。そして、権力者からの依頼がなければ絵師として大成できないという悔しさ。萩は等伯に幾度かこの心理を吐露させている。しかし、そんな現実から逃げるのではなく、命を削って作品に打ち込んでいく等伯たち絵師の姿は、痛ましくかつ崇高に感じられた。

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