『ヤギと男と男と壁と』と超能力と神秘体験と

超常現象が好きな人はどこにでもいる。ハイテク兵器で武装する米軍内部にそうした能力の開発を目指す秘密組織があったとしても不思議ではない。この映画はそうした秘密組織に肉薄した新聞記者のノンフィクション作品をもとに作られたコメディ映画である。演技派俳優の熱演で大いに笑わせてもらえるわけだが、作品が問いかけている内容は、一見「常識的」な世界像を微妙にずらしてくれていて、なんだかか考えさせられる部分も多い。個人的には脳内がはげしく発火した。
グラント・ヘスロヴ監督 『ヤギと男と男と壁と』 (原題: The Men Who Stare At Goats , 米, 2009) imdb
ジョン・ロンスン 『実録・アメリカ超能力部隊』 (文春文庫、2007)
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横道にそれるが、注意深く観ると、「事実」と「伝聞」の部分がきれいに切り分けられている。「事実」とされる部分は取材記者ボブ・ウィルトン(ユアン・マクレガー)が登場している場面であり、そうしたシーンでは元部隊員で超能力者のリン・キャサディ(ジョージ・クルーニー)が間抜けな失態をみせる。しかし、「伝聞」とされる部分では、リンやリンの仲間たちが見事な超能力を発揮している。こうしたところに、ジャーナリズムの規範が体現されている、といったら大げさかもしれないが、わたしには重要に思える。
さて、映画で描かれ(語られ)た超能力を思い出す限り列挙すると、睨むだけでヤギの心臓を止めてしまう術、壁の中を透過していく術、空の雲を散らしてしまう術、目を閉じれば世界各地のようすがわかる透視術、行方不明者の居場所を誰に聴けばよいか当てる術、じぶんの存在を消してしまう術、コインを投げて裏表を連続して200回以上当て続ける術、遠い未来(18年後?)に敵を死なせてしまう術、重い荷物を陰嚢にぶら下げる術。花と歌で敵の戦意を萎えさせ戦争をやめさせる術・・・・などがある。
軍隊の話なので、どうしても戦争に応用できるようなものが多いが、超能力部隊を率いたビル・ジャンゴ(ジェフ・ブリッジス)は、瞑想やLSDなどの対抗文化から多くを学んだことが示されており、戦争をやめさせる術こそが、究極の超能力兵器であるというのは、ちょっと皮肉が効き過ぎているように思う。
ただ、こうした米軍の超能力開発を笑えないなあと思ったのは、私たちの身の回りにはオカルトめいたものが満ちているためだ。合理的に説明のできないような神秘的な体験をしたという人もそれなりにいる。サイエンスライター 柳澤桂子さんもそのひとりだ。新車を開発する際に「超能力者」に試乗させる自動車メーカーもあれば、タカツカヒカルさんにはまったハイテク企業の経営者や、龍の神様を信仰したハイテク会社創業者もいた。「霊能者」を登場させる番組も依然として人気がある。

いわゆる「超常現象」は、近代の科学主義からの逸脱を意味する。なので、パブリックな場では忌避しなければならないような同調圧がかかる。だが、やはりどこかで魅力を感じてしまう人が多い。かつてオウム真理教に入信した高学歴者も空中浮遊を信じていたし、立花隆も「NEWS23」のなかで、そのことを興奮気味に話していた。森岡正博も『宗教なき時代を生きるために』のなかで、超能力を渇望した時代があったことを吐露しているが、それはある意味とても誠実な態度に思える。(私にも奇妙な体験の一つや二つはあるけど、面倒なのでここでは書かない)
わたしは超能力者というのを次のように定義したい。すなわちそれは、超能力という特殊な能力を発揮する人を指すのではなく、誰がなんと言おうと超能力が存在し、それがじぶんに備わっていることを前提に生きている人たち。そして、超能力とは、そうした生き方ができる能力を指す。『スプーン:超能力者の日常と憂鬱』のなかで森達也がエスパーたちとの間に保ち続けた距離感が最も安全な気がする。
▽参考図書
森岡正博 (1996) 『宗教なき時代を生きるために』法蔵館.
森達也 (2001) 『スプーン:超能力者の日常と憂鬱』飛鳥新社.
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