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2010年12月 5日 (日)

宮古の神歌と古謡

昨夜、沖縄県・宮古島の神歌と古謡を堪能した。法政大学沖縄文化研究所主催の『宮古島の神歌と古謡2010』を市ヶ谷キャンパス聴きに行った。「おばあ」たちが歌う神歌や古謡は、欧風でも和風でもなく、中華風でもない。素朴で、大らかで、おごそかに感じられた。こうした歌がいまも口づてで人から人へと受け継がれていることに驚いた。

『宮古島の神歌と古謡2010』12月4日(土)、法政大学沖縄文化研究所主催、外濠校舎6階 薩埵(さった)ホール

宮古島とは、沖縄本島と台湾のほぼ中間に位置する宮古列島の主島である。いまも那覇言葉と宮古言葉は通じないという。沖縄県にありながら、沖縄本島と歴史的に違うのは、300km離れた琉球王朝に服属した歴史を持つということ。その後、日本政府の支配下に、そして第二次大戦後は米国の支配下に置かれたのは那覇の人たちと共通するが、沖縄県というカテゴリでくくることはできない。

沖縄本島や石垣島など観光産業がそれなりに華開いた地域に比べると、宮古はどこか取り残された感があったが、そうした周縁性が宮古諸島の文化や風土の商品化を防ぎ、祭司に歌われる「神歌」や「古謡」が人々の暮らしのなかに温存することを助けてきたと考えられる。「太古の昔に神が宿った島」というような安直な “物語”が宮古の観光開発を加速する可能性もあり、文化の継承と保存をどうするかが大きな課題となっているといっていいだろう。

昨夜はじめて聞いたミャーコの神歌と古謡の印象は、読経のようにある種のメロディーが延々繰り返され、そこに語りが重なっていくものが多いように思えた。ひとりのおばあの声は、ハンガリーの歌姫マールタ・セベスチェーンの声に似て、とても心地よかった。おそらく神々の降臨やクニ開闢の神話類や、英雄譚、戦記、伝説などを基調にした祖先崇拝などが歌われていたはずだが、歌詞の意味があればなお良かったと思う。

わたしが強い関心を抱いたのは、地元メディアの存在。開演前に上映されていた地元放送局の番組はとても興味深かったし、民俗学者・谷川健一さんが少しだけ言及されていた地元新聞の報道ももっと知りたいと思った。

サラーム海上さん、久保田麻琴さん、ありがとう。

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