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2011年2月 4日 (金)

巻町の住民投票とdeliberative democracy(備忘録)

Democracyrefrection購入したものの未読だった参考文献を読み始めた。せっかくなので備忘録を記していくことにする。まずは、早稲田大学の伊藤守教授と新潟大学の渡辺登教授たちの研究グループが2005年にまとめた『デモクラシー・リフレクション』。この本は、原発立地という国策を前に、地域で重ねられてきた民主主義のプロセスを、社会学の手法を用いて多面的に分析・検証した出色の労作である。学術的な記録であることはいうまでもないが、最先端の事例を前にした研究者たちの抑えきれない高揚感がにじみ出ていてる。こういう研究に参加できたら楽しいだろうな。

伊藤守・渡辺登・松井克浩・杉原名穂子(2005)『デモクラシー・リフレクション:巻町住民投票の社会学』リベルタ出版

本書の構成は以下の通り、新潟市のベッドタウン化が進む巻町を舞台に、原子力発電所の立地をめぐって行われた「政治」のプロセスが中心課題となっている。「政治」というと、永田町の政局や権力闘争がイメージされるかもしれない。だが、地域の人々が自分たちの街と暮らしを自分たちで考え決定するという地方自治こそ民主主義の学校とよぶべきであり、90年代の巻町で繰り広げられた討議こそが、当時もっとも注目された政治現象であり民主主義の最前線であったといえよう。

序章
第1章 住民投票が問いかけたもの
第2章 原発計画と地域の社会・経済
第3章 運動リーダー層の分析
第4章 政治過程の変化
第5章 女性の政治参加と政治意識
第6章 地域の社会関係を編み直す
第7章 住民投票をめぐるメディアの言説
終章 巻町のいま

伊藤は、序章のなかでこの事例の意義を簡潔に記している。

いまだ地縁・血縁の関係が根強い地域で、また選挙となれば「西蒲(にしかん)選挙」と揶揄されるような金権選挙が行われていた地域で、手作りの運動が大きなうねりとなり、全国初の住民投票を成功に導き、原発建設を白紙撤回させたのである。巻町住民投票の運動は、議会制度こそが民主主義であると考えるこれまでの固定観念をくつがえし、政治参加の新たな形態を示したという点で、日本の政治史上「画期的な出来事」であったといわねばなるまい。(伊藤 2005: 10)

伊藤は巻町が起点となり、米軍基地の縮小をめぐる沖縄県民投票(1996年)、産廃処理場建設をめぐる岐阜県御嵩町の住民投票(1997年)、吉野川河口堰建設に関する徳島市の住民投票(2000年)などが続いていったと記す。そうした一連の流れの共通点について、①単純な反対運動ではなく「オルタナティブな意思表明の回路」の構成、②自治意識の高まり、③運動の担い手が55年体制の革新陣営ではなくボランタリーな参加者たちであること--を指摘したうえで、アイリス・ヤング(Iris Marion Young)が提示する「政治」概念を紹介している。

第1章「住民投票が問いかけたもの」は、この事例の全体像を俯瞰する内容で、第2章「原発計画と地域の社会・経済」はこの地域の政治経済的を振り返り、原発を必要とした主に昔ながらの住民と、原発の必要を感じない新住民や原発の危険性を指摘する女性や若者の反発についての構造を描き出す。第3章「運動リーダー層の分析」と第4章「政治過程の変化」、第5章「女性の政治参加と政治意識」、第6章「地域の社会関係を編み直す」巻町の住民投票という社会現象をさまざまな角度から光を当てた分析である。

わたしが注視したのは、第7章「住民投票をめぐるメディアの言説」と終章である。
7章を担当した伊藤は、原発問題について、過半数の人がテレビ・新聞から影響を受けたことが示したうえで、①地元紙・新潟日報の報道内容、②大手新聞社(全国紙)の「朝日」「読売」の言説内容、③ローカル局とNHKとの差異などについて、それぞれ分析している。

新潟日報は朝夕刊を発行する「県紙」で50万部近くの発行部数を誇り、県内普及率は約60%と影響力は絶大である。巻町の原発計画は、日報のスクープ(1969年)で明らかになったという経緯もあり、日報はかなり力を入れて報道した。「住民投票を実行する会」の結成(1994年10月)あたりから、住民投票をめぐる住民の運動や町長、議会、経済などの細かい動きを報じ続けた。ほとんど独壇場ともいえる状況ではなかっただろうか。

伊藤は、新潟日報の社説に着目する。もっとも重要とされるのは1994年11月13日付の社説「成功させたい巻原発住民投票」で、伊藤は「新潟日報の基本的な姿勢を示し、その後の報道の視点をかたちづくる、重要な社説であった」と分析する。

注目されるのは、町民の気持ちと遊離したまま町の原発行政がすすめられていることに、釈然としないものを感じている。原発は地域や住民にとって重大な問題であり、まず町民の意思を確かめることが不可欠ではないか」との「実行する会」のリーダーの発言を引用して、その発言に「まったく同感だ」との認識を提示していることである。さらに「『町民の本当の声を聞こう』という運動に私達も注目し、その目的が達せられるよう見守っていきたい」との主張を掲げ、このグループの運動を「住民参加を基本にした地方自治を育て、ひいては民主主義の発展につながるという意味で」評価する主張を行ったことである。「実行する会」の主張に賛同する社説ということである。(伊藤 2005: 218-219)

巻原発の問題は多面的であり、その中に「住民投票」をどう位置づけるのかを考えるのは容易ではない。たとえば、原発立地という国のエネルギー政策について、地元町議会はすでに基本的に建設のゴーサインを出している。民主的な手続きが終わっているのに、あとになって法的拘束力のない「住民投票」が行われることは、議会の否定につながる。11月23日付けの社説では、当時の平山知事の間接民主主義という一般的な仕組みのなかで意思の反映が行われるべき」との声明や原発推進派の立場もふまえながらも、新潟日報は「住民投票が住民の自治意識を高める場になることを期待する」との立場を明確に表明している。(p.220)

こうした新潟日報の報道に比べると、全国紙は翌95年1月までほとんど報道していないそうだ。ただ、同じ全国紙でも朝日と読売とでは「フレーム」が違った。具体的には。朝日の記事は住民投票の正統性を積極的に認めようとするものであったのに対し、読売は住民投票の問題点を指摘するものが目立ったと伊藤は指摘する。

読売新聞のフレームはこの三点に集約できる。これまでの経緯に照らして、住民投票は「間接民主主義の否定」であり、住民投票の過程における論議は感情論となりがちで合理的な判断とみなせないこと、そして国家の基本政策にかかわる住民投票は認めがたい、という三点である。/これに対して、朝日新聞は、町長や議会が「選挙で信託を受けた」として一方的に決着をつけるのが妥当だとは思えない」し、そのため「民意」を確かめ、そのうえで決定をした方がいいという選択を支持する、との主張を掲げる。さらにそれは「地域自治を活性化させる一つの挑戦」であり、「機能不全に陥りがちないまの代議制の欠陥を補い、活性化する上で、大きな刺激になるはずだ」と指摘する。「テーマによっては住民投票にふさわしくない問題もあるだろうが、本来、もっと広く活用されてよいのではないか」との見解が朝日新聞の基本的な立場をよく示している。両紙は、この問題をめぐって、真っ向から対立するフレームを形成したわけである。(伊藤 2005: 230-231)

伊藤はその後、民放とNHKのテレビ報道を比較し、ある時点から民放がきめ細かい報道をおこなったことを論証する。これらを踏まえて上で、新潟日報とテレビ各局が、ともすれば行政当局や電力会社、政府の圧力に抗してジャーナリズム活動を展開したが、それは必ずしも運動団体に肩入れしたわけではなく、あくまでも「住民投票は民主主義をより一歩前に進めるものだ」という一貫した報道姿勢を評価する。また、全国紙の論説も必ずしも同じではなく、多角的な情報を提供したことが、住民投票という直接民主主義的な政治プロセスと併走したことを明らかにした。

第7章の中で、わたしの中で明確にならなかったのは、意見と事実の分離=論説とニュースの区別である。新潟日報が社説では「実現する会」の活動に期待を寄せたとき、日々のニュースにどのように客観性を与えるのかというジャーナリズム倫理の問題が発生しそうな気がした。

全体のまとめにあたる「終章」で、渡辺登は住民投票の意義が、セイラ・ベンハビブ(Seyla Benhabib)やジョン・ドライゼク(John S. Dryzek)、マーク・ウォーレン(Marc Warren)らを引用して、deliberative democracy へと架橋し、以下の2パラグラフでこの本を閉じる。

 この熟慮民主主義の考え方に照らしてみるならば、住民投票実施を求める運動とは、一時的な、あるひとつの争点をめぐる、市民の政治参加の方法であるとはいえ、それにとどまらない可能性を内包した現在進行形の運動体として位置づけることが可能だろう。
 その運動の根底から噴き上がるマグマは、二一世紀において「デモクラシーをよりいっそう民主主義化する」ための新たな社会・政治制度の構築を希求している。

たしかに、巻町のひとたちは住民投票を経て、原発立地を白紙撤回にした。しかし、これは全町民がひとつの考えにまとまったというわけではなく、その後の町議選や町長選では、幾度も「保守派」が揺り戻しのように選挙で勝っている。渡辺によれば、住民投票で全国から注目を集めたころの熱気もやがてさめ、異なったアジェンダが次々と設定されるのは当然のことといえる。重要なことは、この土地で、手続き的な代議制民主主義を唯一のものとしない、民主的政治過程が顕現したことであり、それは篠原一先生ならば、民主主義のツー・トラック・モデルと表現されるかもしれないし、後期近代の規範的な討議モデルかもしれない。そうした討議空間を形骸化・陳腐化させないために、マスメディアやジャーナリズムになにができるかを、つねに考えていく必要があるということだろう。

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コメント

備忘録拝読。本当によく勉強されていて、本当に頭が下がります。
さて、小生、巻町に続いた柏崎市、刈羽村のプルサーマルをめぐる住民投票運動を現地で取材してました(柏崎通信局長)。当時一番威力のあるコミュニケーション手段は「ビラ」。新聞の折り込みビラで、10万円も出せば、市内、村内のほぼ全戸にまけるのだそうです。住民投票派、東電がビラ合戦をしていました。新潟のような超ローカルな地域ではそのような手段がマスメディアより有効だったりします。巻町の運動でもビラをまとめた本が出ているはずです。良知力先生が「ビラのなかの革命」とかいう本を書いていますが、そういう感じです。なお当時小生は「マクドナルドのある地域には原発はつくれない=市民運動が強い」という「マクドナルド理論」を主張して、実際にマクドナルドに取材もしたのですが(広報に驚かれた)、発送が大胆すぎたのか、紙面化に至りませんでした。巻町にはありましたし、柏崎もマクドナルドが出来た後に若い世代の市民運動が広がりを持ちました。浜岡、福井、石川、青森…どこの施設の地元自治体にもマクドナルドはないです。マクドナルドが成立するような市民層の存在=市民運動の土壌、ということだと思うですが…

投稿: gaku | 2011年2月 4日 (金) 18時12分

gakuさん、お久しぶりです(~O~)
そうでした、そうでした。gakuさんも新潟経験者でしたよね。
ビラの威力についても、みょうに納得させられます。
「マクドナルドのある地域には原発はつくれない=市民運動が強い」という「マクド理論」は、すごすぎ。マクドの有無とその地域のデモクラシー成熟度が相関しているとすれば、、、、マクドのマーケティングおそるべし。
そういえば、大阪経済部で電機業界をカバーしたことがありますが、「シャープ」さんが本社を置く西田辺の交差点にマクドができてまもなく、世界をリードするハイテク企業に旧成長したようなおぼろげな記憶があります、というのは嘘ですが。
一度、新潟時代の話をじっくり聞かせてください。

投稿: 畑仲哲雄 | 2011年2月 4日 (金) 23時12分

ビラ、侮るべからず、です。
地域限定、読者限定の空間だと。
究極の「手渡しコミュニケーション」も成り立ったりしますし。

投稿: ママサン | 2011年2月11日 (金) 15時20分

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