社会科学の研究方法(備忘録)
調査や情報収集のことをジャーナリズムの世界ではすべて「取材」と呼んでいる。街角インタビューや大規模なアンケートも取材だし、隠し撮りや潜入調査も取材である。場合によってはゴミ漁りや窃盗まがいの行為や、脅してみて相手の反応を観察するのも取材の範疇に入る。これに対し、社会科学の世界では、調査や情報収集などの方法が細分化されているばかりか、調査者の認識や価値、立場、主義などをこと細かく問うのが通例である。「取材の結果、この事実が分かりました」というような論述は必ずしも通用しない。大学院入学当初のわたしは、こうした社会科学の方法に戸惑い続けてきたが、いまとなってはジャーナリズムの方法が危うく感じられるようになってきた。
北中英明(1998)「社会科学における研究方法について」 『経営経理研究』通号61, pp.181-203.
その道の先生から叱られそうだが、経営学は経済学よりも社会学に近い。経済活動の主体である組織の解明のため、社会科学のなかでも社会学の方法が使われている(社会学もいろんな領域の方法を取り込んでいますが)。そして、経営学者が輸入・精査した方法は、社会学の初学者に有益だ。
経営学の先生が書かれた文献は、理論と現実との距離が近い。このため、抽象的な概念操作ばかりしている社会学の先生よりも、わたしのように教養のない愚か者には思わぬ助け船となることがある。そんなことをあらためて思い出させてくれたのが、北中英明先生の「社会科学における研究方法について」である。勉強になったのは、第4章「研究者の基本的な立場」の部分である。
4. 研究者の基本的な立場
4.1 研究パラダイム
4.2 さまざまな立場
4.2.1 実証主義(論理実証主義)
4.2.2 実証主義への批判
4.2.3 論理経験主義と反証主義
4.2.4 ポスト実証主義・その他
4.3 経営情報学分野における研究の状況
北中論文で紹介されていたGubaとLincolnの論文「Competing paradigms in qualitative research」は上右図の通り。研究にはパラダイムやいくつもの主義がある。それぞれが、練られたものであり、方法自体がなかなかに論争的で、どのような方法を用いるかによって結果は異なる。そもそも調査対象やリサーチ・クエスチョンによって方法が絞られる。なので、GubaとLincolnが腑分けした方法の種類をすべて熟知しておく必要はないけれども、ときおりじぶんの立ち位置を確かめるうえで有益である。
ちなみに、マスメディアの「取材」には、社会科学のような方法論争は、あまりみられない。「主流」や「一流」というような言葉を冠した企業のやり方がヒエラルキーで上位を占め、みなそれに倣うようにしているからだ。「主流」「一流」とは違って一風変わった方法を試しても、それらは「色物」「二流」「亜流」「俗物」というようなレッテルを貼られるのが関の山ではないだろうか。少なくとも「パブリックジャーナリズム運動」に対しては、どこか見下したような、あるいは危険視したような言説が「主流」「一流」のジャーナリストに散見された。ほとんど裸の王様。
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