地方紙が伝える『日本の現場』
東京や大阪で生まれ育った人には全国各地に地方紙があることが信じられない。学生時分のわたしもそうだった。でも、大ざっぱに見積もって全国紙の総発行部数と地方紙の合計部数の比率は6:4だ。地図を広げればほとんどの県で地方紙が圧倒している。全国紙が優勢なのは人口が集中している地域だけなので、地方紙の関係者は全国紙を「東京紙」とか「在京紙」などと呼ぶことがある。だが、わたしは「全国紙」が東京都民や大阪府民にとって地元紙や郷土紙としての役割を果たしているとは思えない。
『日本の現場 <地方紙で読む>』は、全国31の地方紙の連載企画などを1冊にまとめた一般向けの書籍である。地方紙の記者は、特定の地域で暮らし、地元の人たちとおなじ景色に囲まれ、おなじ空気を吸い、おなじ水を飲み、おなじ言葉(方言)を話し、おなじ問題を共有するのが常だ。地域への愛着をもつ間もなく住まいを転々とする「全国紙」記者とは根の張り方が違う(それ故のしんどさもあるとは思いますが)。地方紙で勤務したことがないわたしにとって、どれも「なるほどなあ」とうなってしまう力作ぞろい。編者の選別作業はさぞ大変だったのではないかと想像する。
どれかひとつを紹介しろと言われれば、さしあたりわたしは徳島新聞の連載「もんてこい」(pp.396-410)を挙げたい。森林が全町面積の9割以上を占めるという那賀郡那賀町は、かつて林業で栄え2万4000人超が暮らした。しかし現在は1万人を割る寸前。高齢化が進む那賀町を訪れた作家が、地域のお年寄りに「一度、東京においでよ。子や孫に『戻ってこい』って言おうよ。応援するからさ」と呼びかけた。それを契機に、64人の高齢者が東京を訪れる様子を丹念に追いかけた連載は、人口減少の後景にある、家族の絆、地元への愛着、産業構造の変化などいくつもの問題を考えさせてくれる。ちなみに「もんてこい」は「戻ってこい」の意で、過疎の山村では長らく“禁句”として扱われてきた方言だ。
『日本の現場 <地方紙で読む>』で扱われているのは、その地域にしかない特殊な事例のように見えるものもあるにはあるが、那賀町のように全国の町村でも議論を共有可能な普遍事例も少なくない。つまり、地方紙は地域限定メディアのように思われがちだが、じつは全国のどこにでも〈存在した/存在する/起こり得る〉課題や難問に、地の眼・虫の眼で取り組んでいるという点で共通する。よくよく考えれば、特定の地域に根ざしたメディアこそが、ふつうのメディアであって、全国紙のような媒体のほうが特殊に思えてくる。
(献本いただきながら、ブログで記事にするのが今ごろになってすみませんでした)
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