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2011年6月28日 (火)

研究室のウェブサイトに報告記事を掲載

大震災発生から3ヶ月あまりがすぎた6月19~20日、学問上の師である林香里先生とともに宮城県を訪れました。最初の訪問先は、宮城県亘理町役場に開局した「FMあおぞら」という臨時災害放送局です。翌日にお邪魔したのは、石巻日日新聞社です。この報告が研究室のウェブサイトに掲載されました。亘理町のコミュニティFM「FMあおそら」は、河北新報社の佐藤和文さんから教えていただいたコミュニティ放送局で、わたしたちを放送局まで連れて行ってくださったのも佐藤さんでした。本当にありがとうございました。

孤立する地域の人を救いたい:主婦が立ち上げた「FMあおぞら」 【取材報告】被災地の小さなメディアを訪問(上)
原点は紙とペン:手書きの壁新聞を発行した石巻日日新聞 【取材報告】被災地の小さなメディアを訪問(下)
FMあおぞら公式サイト http://www.town.watari.miyagi.jp/index.cfm/22,0,126,html
FMあおぞらtwitterアカウント https://twitter.com/#!/vivayukina
河北新報Web日誌: 災害FM局「あおぞら」 宮城県亘理町 http://blog.kahoku.co.jp/web/archives/2011/06/post_294.html
石巻日日新聞社公式サイト http://www.hibishinbun.com/

研究室のウェブページであらかたの報告はおこなったので、いまさら個人ブログでなにも書くことはないかもしれませんが、何度でも繰り返し書いておきたいのは、ボランティアが足りないということです。とくに臨時災害放送の「FMあおぞら」のフルタイムの常勤スタッフはチーフの吉田さんとサブチーフの西垣さんだけ。開局からずっと無給かつ無休で活動を続け、とくに吉田さんは一時、過労で倒れたこともあります。圧倒的に人が足りないし、カンパも必要です。

被災地のFM局でがんばる女性たちや、手書きの壁新聞の話は、「グッド・ストーリー」として理解され、ストーリーだけが消費されていくような気がしてなりません。そして、遅ればせながら、それを伝えたわたしは、ひとつの役目を終えたような気になっていしまわないかと、じぶんでじぶんが心配になることがあります。

被災地を歩くということは、ジャーナリストにも研究者にも、ある種の反省を迫ります。たとえば、じぶんが無力なのだということを教えてくれますし、また、苦しんでいる人たちの存在が自分の〈商売〉のタネであるという罪の意識をグサリとつきつけてくれます。わたしが被災地訪問中ずっともてあましていたのは、「ジャーナリストとしてとか、研究者としてとか、恰好つける前の、どこにでもいる一人の平凡な中年男性の道徳感情」でした。この話は、またあらためて。

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コメント

>わたしが被災地訪問中ずっともてあましていたのは、「ジャーナリストとして
>とか、研究者としてとか、恰好つける前の、
>どこにでもいる一人の平凡な中年男性の道徳感情」でした。

テレビ屋としての職能での仕事は、番組を作って、たくさんの人に伝えれば、それで終わり。
それで、世の中が動いてくれるのか、動かないのか。
第二弾を打つのか、打たないのか・・・も「シゴト」の感覚。

でもね、
最近、思うのですよね。
私という、1人の人間、あるいは1人の有権者、1人の主権者。
その根本のところで、ワタシは何をしているんだろう、とね。

投稿: ママサン | 2011年7月15日 (金) 07時49分

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