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2011年8月 4日 (木)

『6枚の壁新聞』と地域ジャーナリズム

Hibishimbun宮城県石巻市の石巻日日新聞社を林香里教授と一緒に訪問したのは、ことし6月中下旬だった。そのとき応対してくれた武内宏之常務・報道部長から「こんど、こういうのを出すことになったんですよ」と教えられた本が、7月9日に角川SSC新書から刊行された『6枚の壁新聞--石巻日日新聞・東日本大震災後7日間の記録』である。津波で壊滅的な被害を受けた沿岸部に購読者が多かった新聞社は、いま苦しい経営を強いられている。この本を買うことは支援につながるし、読むことで〈地域ジャーナリズム〉を考える契機も得られる。多くの人に身銭を切って買ってもらい、地域紙のことを知ってもらいたい。

石巻日日新聞社編 『6枚の壁新聞――石巻日日新聞・東日本大震災後7日間の記録』 角川SSC新書.
Hibi-net 石巻日日新聞公式ウェブサイト www.hibishinbun.com
【取材報告】被災地の小さなメディアを訪問(下) 畑仲哲雄

石巻日日新聞社は1912年(大正元)に発行された「東北日報社」を前身とする歴史のある会社で(翌1913年に「石巻日日新聞」と改題)、来年の2012年でちょうど創刊100年目を迎える。震災で新聞が刷れなくなったとき、手書きの壁新聞を作ろうとした背景には、100周年という節目の前にした、「地域紙の意地」があったことを武内さんは明かしてくれた。設備・資力・人材・協力体制に恵まれた全国紙や有力地方紙は発行を跡絶えさせることはない。しかし、石巻日日新聞社は浸水のため輪転機が動かないばかりか、10人にも満たない編集部員のなかで安否が確認できない記者もいた。携帯もネットも全て不通。それでも、手書きの壁新聞を避難所に貼り出すことを決断したのは、、、この本を読むと、どうやら自分ちの存在理由を自問した結果であったようだ。

詳しくはこの本をきちんと読んでもらいたいが、メモとして抜粋してきたい箇所がある。記者経験がなく、経営者として新聞事業に関わってきた近江弘一社長の言葉である。

大手新聞がそれぞれ、被災地域外の読者の要求に合わせて配信する情報機能が柱であるのに対して、地域紙としての報道は、今回は被災者、通常であれば、地域内の読者の要求に強く応えるものであるべきだと思っています。/よって、自ずと「伝える使命」も違ってきます。全国紙が速報性と正確性を最大要件にした報道であるとすれば、地域紙は、この場合、むしろ正確性と公平性が優先されるのではないでしょうか。(pp.250-251)

石巻日日新聞社は、「一流」「大手」「有力」の新聞社が集う社団法人日本新聞協会には入っていない。通信社からのニュース配信も受けていない。そうしたことから、地域紙は、「一流」「大手」「有力」と形容される新聞社に比べ、劣った存在であるかのように考える人が少なくない。全国紙の傲慢さを批判する地方紙関係者たちの中にも、地域紙を見下すような発言をする人は少なくない。そうした眼差しは倫理的に問題があるし、事実認識としても誤っている。小さなマスメディアたる地域紙には、「大手」とは違う存在理由があり、異なったジャーナリズム活動をおこなっているのである。

6人の記者たちの文章のなかで、とくに印象深かったものを以下、引用しておく。

水沼幸三記者(30歳。警察・消防・農業担当) それでも取材を続けていたのは「記録し続けなければ」という思いだった。(p.101) 横井康彦記者(23歳。教育・文化担当) 「壁新聞の発行」は、唯一の情報伝達手段であり、新聞社で働く者として、仕事の原点に立つものだった。(p.129) 外処健一記者(37歳。石巻市政・議会担当) 記事探しに奔走する中、根底にあった届けたい情報は「希望」だった。(p.157) 熊谷利勝記者(33歳。東松島市政、宮城県政、医療担当) 全社員の名刺には「愛する地域を未来の笑顔につなげます」とのキャッチコピーがある。震災を経て、その思いはずっと強くなっている。(p.175) 秋山裕宏記者(30歳。女川町政、水産業、スポーツ担当) 地域紙の記者としてできることは、住民の生活に貢献すること。(p.197) 平井美智子記者(50歳。デスク。経済、企画担当。経験豊富な姉御) いまだに、闇の中にいる人も少なくない.震災前の普通な生活が戻り、この石巻地方で暮らしていた人たちの心に、再び明るい光が広がる日を目ざして、情報を送り続けていくのが私たちの仕事だ。(p.237)

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