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2011年10月24日 (月)

マックレイキングの教科書

知人の近著が話題になっていてとてもうれしい。元北海道新聞記者の高田昌幸さんと龍谷大学教授小黒純さんの共著『権力 vs. 調査報道』(旬報社)である。高田さんとは、北海道警に関するスクープをものにして時間がたっていなかったころに幾度かお目にかかったことがある。たいへんな謙虚で、権力悪を暴いてナンボみたいなギラギラしたところのない、かざらない人柄に思えた。くわしい事情は存じ上げず、また十分な支援もできなかったが、これまでの経緯を側聞するに、心配でならなかった。小黒さんはわたしが毎日新聞で駆け出し記者だったころの同僚で、ジャーナリズム研究者として着実に地歩を築かれている。二人におめでとうを伝えたい。

高田昌幸・小黒純(2011)『権力 vs. 調査報道』旬報社、320頁.

「調査報道」と呼ばれるスタイルは、20世紀初頭の米国でマックレイカーたちにその源流を見出せる。権威ある組織や機関が発表するデータや情報を報じるのではなく、権力が隠したがっている情報を掘り返して暴露するのがマックレーカーたちの真骨頂でり、おもにリベラルなジャーナリストたちによって担われた。マーク・トゥエインが「金ぴかの時代」と揶揄した社会の腐敗を糾そうとする「革新主義」が台頭し、1914年に創刊された『ニュー・リパブリック The New Republic)』jはその牙城であった。ウォルター・リップマンも、ロバート・E・パークもマックレイカーであった。

マックレーキングは1970年代の米国で、再び息を吹き返す。それは一連のウォーターゲート報道報道で名をはせたワシントン・ポストのボブ・ウッドワードとカール・バーンスタインの2人の活躍に象徴される。ただし、彼らの報道活動は、「調査報道」と命名され、マックレーキングとは呼ばれなかった。マックレーキング(汚物をひっかきまわす)という言葉には、保守と敵対する左翼思想や「醜聞あさり」「トップ屋」といったイメージが強かったからではないか。「調査報道」と呼ぶほうが、「客観・中立・公正」など、米国型自由主義ジャーナリズムとの矛盾もすくない。

『権力 vs. 調査報道』は、現代日本で調査報道をおこなった人へのインタビューで構成されている。取材者むけのノウハウが蓄積されている教科書といえよう。ビジネスマンにも大いに役に立つし、これから汚職をしようと思っている権力者にも参考になるだろう(失礼)。いずれにせよ、こうしたアカデミズムとジャーナリズムの共同作業が、今後も継続することを望みます。

高田さん、小黒さん、お疲れさまでした。

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