« 2011年11月 | トップページ | 2012年2月 »

2011年12月27日 (火)

目的としてのメディア/手段としてのメディア(備忘録)

早稲田大学メディアシティズンシップ研究所で12月13日に開催されたワークショップ「東日本大震災におけるラジオ局の役割」に参加した。司会は伊藤守先生で、この日の報告者は「FMわぃわぃ」代表者の日比野純一さん。3.11以降いくども被災地を訪れ、災害FM局の立ち上げや多言語放送の支援にかかわっているという。自身の神戸1.17体験も含め、ラジオの可能性と課題について貴重な話をしていただいた。遅くなったが、記憶が薄れないうちにメモしておく。

神戸 長田の多文化・多言語コミュニティ放送局 FMわぃわぃ
早稲田大学 メディア・シティズンシップ研究所

続きを読む "目的としてのメディア/手段としてのメディア(備忘録)"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年12月 6日 (火)

ジャーナリストの道徳的ジレンマ(2)(備忘録)

前回のバスジャック事件の備忘録に続いて、もうひとつ、沖縄防衛局長のオフレコ失言について考えてみたい。この問題も、個別具体的な固有名詞を出さず、むしろ考え方をすっきりさせるために、話をやや抽象化して考えたい。具体的な話にすると、詳しい背景事情を知る者だけの内向きな話になりがちなのので、読者を含めた市民社会の中で議論をしたいと思う。

「オフレコ問題に関する日本新聞協会編集委員会の見解」日本新聞協会
http://www.pressnet.or.jp/statement/report/960214_109.html

続きを読む "ジャーナリストの道徳的ジレンマ(2)(備忘録)"

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2011年12月 5日 (月)

ジャーナリストの道徳的ジレンマ(1)(備忘録)

ジャーナリズムの問題を考えさせられる事例が立て続いて起こった。1つは、千葉で起こったバスジャック事件で、警察に報道腕章を貸与したジャーナリストの事例。もうひとつは、沖縄防衛局長のオフレコ発言(失言)を報道したジャーナリストの事例。当事者となったジャーナリストには、さぞ重い決断であったと考えられる。もちろん、2つの事例は内容も構造もまったく違う。さまざまな視点から論じることはできると思うし、この2事例を並べることに違和感をもつ人も多いと思うが、ここではジャーナリストの道徳的な部分に焦点を当てて考えてみたい。

「千葉日報記者、腕章貸す――バスジャック犯説得の捜査員に」『PRESSNET』報道界ニュース2011年11月16日付
http://www.pressnet.or.jp/news/headline/111116_1587.html

続きを読む "ジャーナリストの道徳的ジレンマ(1)(備忘録)"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2011年11月 | トップページ | 2012年2月 »