実力も運のうち
50年生きてきて確信がもてそうなことがある。それは、人生のほとんどが運に左右されているということだ。俗に「運も実力のうち」などと言われるが、「実力」と呼ばれるものが評価されるも、されないも、「運」次第ではないか。量子論の最新知識を動員するまでもなく、わたしたちはじつに不確実で不確定な世界に在ることを体験的に知っている。だが、運で得たにすぎない財産、名誉、知識…を、あたかもじぶんだけの努力で勝ち取ったと思っている人がなんと多いことか。
ナシーム・ニコラス・タレブ (2008)『まぐれ―投資家はなぜ、運を実力と勘違いするのか』ダイヤモンド社
404 Blog Not Found:成果 ≠ 運+実力 http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/51059326.html
「学生生活の背景」『学内広報』No.1380, 2008年12月5日,東京大学
ひとつ前のエントリーで書いた「寝てたら起こされるかな」と言った初老の男性と連れ合いの女性は、とても不運な境遇にあるようにみえた。それは彼・彼女らが努力しなかったことへの報いだ、などと言う気持ちにはなれない。じぶんの力ではどうにも抗えない複雑な要因がいくつも複雑に絡まり合ったと考えるべきである(それはあらゆる人に言えることだ)。
サンデルが「白熱教室」で示したマイケル・ジョーダンやイチローの例で考えてみたい。ジョーダンは超人的なプレーでファンを魅了し、大勢の子供たちから尊敬されている。しかし、米国が現在も奴隷制度を温存していたら、彼はボールに触れる機会などなかったであろう。イチローも、父親から英才教育を受けていなければ「鈴木一郎」のままであったかもしれない。持って生まれた身体的特徴や素質と、それを育み伸ばせる機会・伸ばしてくれる環境、さらには、それを評価してくれる人や社会の仕組みがそろって、はじめてスーパースターは作られる。サンデル自身、ハーバード大学の学生の親の年収が総じて高く、学生の多くが第1子であることを講義の中で述べ、「ハーバードに入学できたのは努力の結果」と考えている学生に冷や水を浴びせている。
わたしが社会人になってから知りあった人のなかには、親が大病院の経営者であるとか、大企業の創業者であるとか、幼いころから乗馬に親しんでいたとか、親戚縁者に国会議員が何人もいるとか、はたまた、コネ入社・裏口入社をしたというような者もいる。そこまでいかなくても、親が大学教授や医者、弁護士などという人はそこそこいる。NYデモの「1%」とは言わないまでも「5%」に入る人たちが多い。だが、わたしが幼かったころに生きた世界はすこし異なっていた。親が船上生活者であったり、行政から「不法占拠」と呼ばれる河川敷に暮らさざるを得なかったり、なるべくして極道になったり、夜逃げせざるを得なかったり、刑務所に入らざるを得なかったり、たこ焼きの屋台を引っ張っていたり… つまり持たざる人たちが少なくなかった。一言でいえば、容易に交差しない2つの世界をわたしは身をもって知っている。
残念ながら、富や地位は無限ではない。たまたま人より多くを所有している人たちが、じぶんを多くを所有していることを正当化し、それを維持するには、「才能があった」だの「努力した」だのと言いたくなるのは不思議ではない。所有しているものに応じて、自分が人格的にも高潔で立派で尊敬されるべき存在であると思いたい/思ってもらいたい人も少なくない。それは勝手に思っていればよい。思うだけなら。だが、彼・彼女らが、たまたま不遇な境遇にある人々に自己責任論を突きつけたり、達成不可能な目標を強いるのは公正ではない。命がけの努力できるのも運であり、その努力が認められるのもまた運だとすれば、書店にあふれかえるビジネス啓蒙書に描かれる成功譚などは、不遇な人々にとって有毒でしかない。
バレンタイン・デーにこんな愚痴を書く機会をえたのも、また、運のなせるわざであろう。
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