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2013年3月27日 (水)

ジャーナリストとドクター

Journalist_doctor学位取得は論文の最終審査に合格した時点で確定していたし、学内の手続きも済んでいたはずだが、3月25日の学位記授与式に出席して、おぼろげながら実感がわいた。わたしの場合は運が良かっただけ。実力をともなう学位とは到底思えない。そのように考えると、なんだか気が重い。わたしはアカデミック・ガウンを羽織るのが嫌だった。そんなわたしに同居人は「すなおに喜べないのは自意識過剰」と批判したが、やはり分不相応な感覚が払拭できなかった。だが、それはもしかすると、「ジャーナリストではありません。ただのブンヤです」という新聞記者たちの感覚と似ている気がする。つまり、わたしは「ただの屁理屈コネ屋でございます」と自己表現する、すこし恥ずかしい存在なのかもしれない。なるほど、たしかに自意識過剰だ。

ふり返れば、毎日新聞社に入社したとき、じぶんがジャーナリストであるという感覚を抱けなかった。それが、5年がすぎ、10年、15年と時が過ぎていくなかで、どうでもよくなっていった。つまり、ジャーナリストでもあり、野次馬でもあり、第四階級でもあり、便所の蠅でもよいと思えるようになっていった。現在の日本ではジャーナリストは国家資格ではない。職能団体が身分を付与しているわけでもない。じぶんでジャーナリストだと思い、周囲からジャーナリストだ認識されれば、その人はジャーナリストである。なので長年、新聞業界にいれば、好むと好まざるに関わらず、人からジャーナリストだと認識される機会が増え、じぶんがジャーナリストかどうかという問題は雲散霧消していく。

アカデミズムの世界も似たり寄ったりかもしれない。一般的に、ドクターの身分は、大学内の審査委員会による論文審査の試練に耐えて大学から与えられる(法務博士や医学博士はふつう論文審査がないが、その区別は省略)。それは学内の問題であって、その大学内にいる限り、どうということはない。だが、象牙の塔から一歩出て、名刺を切るような場面になれば、「ハカセ」「ドクター」と認識されるようになる。しかし、実力や自信がともなわない場合、非常に居心地が悪い。これが「自意識過剰」と映ってしまう原因なのだろう。水道橋博士の場合、「博士が博士になった」とシャレにできるが、ふつう、そうはいかない。

むろん、ジャーナリストやドクターを名乗る人間のなかには、屁みたいなヤツもいる。けっこういる。かつて務めていた通信社では、営業職の同僚に向かって「ぼくはお前らと違って、ジャーナリストなんだぞ」と威張り散らしていた人がいた(社内ではだれもジャーナリストだと認識していなかったが)。ドクター取得者のなかにも、じぶんがいっぱしの学者にでもなったと勘違いする者がいるだろう。それは、安物のチンピラが袖の下から入れ墨をチラチラ見せて歩くのと同じで、みっともないことこの上ない。重要なことは、看板ではなく、行為内容とその価値なのだから。

本や論文を読んだ量も多くはないし、アカデミズムの作法にも疎い。ビジネスマンなら身につけている礼儀作法も知らない。頭の回転も遅い。理屈屋としても半人前どころか四分の一人前である。一言でいえば、凡人にすぎない。そんな凡人性(?)を強みとして活かせるような教育者兼研究者になれればいいなあ、と思う。すくなくとも、今は。ただし、きっと何年か後には、どうでもよくなるだろう(苦笑)。

◇  ◇  ◇

博士の学位は「足の裏も米粒」と揶揄されるとおり、取っていないと気持ち悪いが、取ったとしても食えるわけではない。じっさい学位を取得後がたいへんだ。大学の公募サイトをみていても、博士学位を条件にしているところが多い。学位を取ってしまったら(大学院から放り出されてしまったら)、あとは必至になって就活しなければならなくなる。各種の研究会に顔を出してパイプを作る必要もあるが、先立つもの(カネ)が必要になる。バイトばかりをしていたらペーパーを書く時間も作れない。学位を取る辛さとは質の異なる辛さに耐えているポスドクは全国に大勢いる。しかし、私大教員の定年は・・・・なかなか辞めない。

わたしは知り合いのジャーナリストたちに「大学院で勉強してみないか」と勧めてきたが、「ドクターを取ってみないか」などとは勧めていない。それは安易に勧められない。わたしは共同通信社を辞めて博論に取り組み、たまたま合格し、たまたま勤め先も見つかった。辞表を提出したとき、論文がパスする保証などなかったし、勤務先もまったくアテがなかった。運がよかったとしか思えない。社会人にはマスターを勧めても、ドクターはあまり勧められない。むろんケース・バイ・ケースで、ブンヤにしておくのがもったいない人もいると思うが。

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コメント

「足の裏の米粒」くらいなら、ちゃんと研いで焚いてやれば食べられないこともない、などとも思う今日この頃。
博士号取得、本当におめでとうございます。そして入院生活、お勤めご苦労様でした。
ガウン、とても似合っていらっしゃいますよ。

投稿: mouri | 2013年3月27日 (水) 12時05分

mouriさん、
ありがとうございます。ようやく借りることができたガウンはLサイズで、ちんちくりんのわたしにはデカかったです。まちがっても似合ってませんって。
ちなみに、何年も足の裏に張り付いていた米粒の姿は、想像したくもないです。

投稿: 畑仲哲雄 | 2013年3月27日 (水) 12時13分

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