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2013年5月10日 (金)

こっそり読んでおきたい『何者』

Nanimono学生の就職問題は、私にとって他人事ではなくなる。私自身1980年代半ばに就職活動で苦労した。その後も3回にわたって勤め先を変え、その都度「品定めされる側」に立たされた。測られ、比べられ、試され、振り分けられる側に、異議申し立てをする機会がない。不採用の理由を知らされない「お祈り」や「サイレント」が続けば、不条理劇の主役のようになる。そんなことを考えてたとき、たまたま書店で朝井リョウさんの著名な作品が目に入った。

朝井リョウ『何者』(新潮社、2012年)第148回(平成24年度上半期) 直木賞受賞

ミステリ仕立てなので内容について語ることは慎みたい。ただ、私の知らない今のシューカツが描かれていて、たいへん参考になった。まず、エントリーシート(ES)を受け取った企業のなかに「WEBテスト」を課すケースが多いということだ。WEBテストは国語や算数などの簡単な問題を制限時間内に解かせるものでオンラインで実施される。学生が自室で1人で行うことが前提だ。だが、WEBテストが測っているのは、処理能力の速さと正確さではなく、一緒に問題を解いてくれる友人ちがいるかどうかであるということを、学生たち自身が知っている描写に、感じ入った。(私が無知であったことによる驚きなのだが)

もうひとつは、ソーシャル・ネットワークに気をつけなければならないということである。今の学生たちは日常的にツイッターなどのSNSを利用している。『何者』の登場人物たちも、自分のことや仲間のことをたびたびツイートしている。オンラインで実名を公開しているシューカツ生たちは“よい子”であることを過度に強いられる。自分を美化し、より良く見せようとするツイートは、採用担当者に必ずしも好印象を与えられない。むしろ痛い。

シューカツは、学生たちが過去に経験したことのない種類のストレスを与える。学生たちは、ときに弱音を吐いたり、毒を吐きたくもなる。匿名のアカウントをつくり、他者を罵ったりしたくもなろう。だが注意すべきは、匿名で毒づいているつもりでも、継続して読んでいけば、発言の主など容易に想像がつくということだ。

この作品の存在は、高橋源一郎さんがかつて『朝日新聞』の時評で取り上げており、気になっていた。高橋さんによれば、この作品は当の学生たちには好まれないらしい。痛すぎて読めない、というのが理由だそうだ。だが学生たちはもちろん、教職員もこの手の本は(こっそり)読んでおいたほうがいいように思う。蛇足だが、文系の学生ばかりが登場する『何者』には、大学の教員や就職課員らしきものがほとんど出てこない。

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