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2013年11月28日 (木)

大学生の成長について(備忘録)

学生はどのように成長するのだろう。わたしは1・2年生のゼミを受け持たせいただいているが、ゼミサポーターの4年生と比べると圧倒的な差がある。教壇に立つようになって8カ月が過ぎようとしているいま、じぶん自身の経験を踏まえて、自問自答してみたい。

豊島ミホ(2007)『神田川デイズ』角川書店
森見登美彦(2008)『四畳半神話大系』角川文庫
石渡嶺司(2007)『最高学府はバカだらけ―全入時代の大学「崖っぷち」事情』光文社新書
石渡嶺司・大沢仁(2011)『就活のバカヤロー-企業・大学・学生が演じる茶番劇』光文社新書


入学したばかりの18歳の男女にとって、大学は頼りない場所に映るのではないだろうか。みな同じ制服を着て、校則に縛られていた高校生のころと異なり、自由度が格段にあがる。しかし、自由とはけっして心地よくなく、焦りに似た気持ちも生じる。授業や学校をサボるなんて高校生のころは考えてもみなかったのに、大きな講義室を見回すと授業が進むにしたがい出席者が減っていく。やりたいことが見つけた学生が羨ましく感じられる反面、つまらないことに熱中する学生がアホにも見える。尻の落ち着かない日々を過ごすうちに、「大学で学べることなんてたかが知れている」と思うようになる。

わたしの場合、アルバイトに明け暮れた。学費を稼ぐことが目的ではなかった。図書館で眉間にしわを寄せてプラトンやニーチェを読むよりも。大人たちから得られるもののほうが貴重に思えたからだ。ジャズ喫茶のウェイター、コンビニ店員、補習塾の講師、通信販売の箱詰め、交通量調査、化粧品のセールス、メーカーの倉庫雑用、ミスタードーナツの深夜勤務、貿易会社の書類づくり、家庭教師、内装業者の手伝い、ビラ配り・・・そのほか、大きな声で言えないようなバイトもやった。

大人たちの世界は厳しい。キャンパス内ではあたりまえの遅刻は許されない。言葉使いや礼儀、お金の感覚を叩き込まれた。よく叱られた。幾度も失敗してバイト先にたくさんの迷惑もかけた。つまらない大人たちともたくさん出会い反発もしたが、その一方で、「こんな人になりたい」と思えるような大人たちから幾度も感化された。親身になって相談に乗ってくれる人もいたし「大学を卒業したらウチで働かないか」と誘ってくださる経営者もいた(当時は、その気になっていた)。

おかげで大学への足は遠のいた。ろくに映画も観てこなかったくせに映画研究会に入り、思想的に折り合いがつかずに逃げ出した。ほんとうに興味を抱いたわずかな授業(哲学や政治思想)のほかは、要領よく単位を取ることだけに注力した。30年前のことなので、もう時効だと思うが、講義ノートを買えば期末試験をパスするなど、飲食店のバイトよりも簡単だった。キャンパスにいくと、平凡な日々を送っている学生たちが幼く思えた。ゆがんだ優越感を抱いていたと思う。

もうひとつ、わたしにとって重要だったと思えるのは、他大学生と一緒に海外を旅したことだ。手帳にスケジュールがびっしりのアルバイト生活を送っていた私にはまとまった旅費があった。藤原新也の写真集に載っていた「人間は犬に食われるほど自由だ」という言葉に惹かれてインドに行きたいとも思ったが、わたしが選んだ旅先はソ連であった。当時まだ社会主義者を「アカ」と呼ぶ人もいたが、1970年の大阪万博で最大の入館者を集めたパビリオンはソ連館であった。労働者を意味するカナヅチと農民を象徴するカマがデザインされた国旗を掲げる国は、計画経済と宇宙開発でアメリカをしのいでいた。西側からすれば、鉄のカーテンの向う側。一種の冒険旅行であった。

当時のソ連は国営企業の団体旅行(パックツアー)に申し込まなければ入国できなかった。わたしが申し込んだツアー参加者の9割が他大学の学生だった。2泊の船と約1週間のシベリア鉄道で寝食を共にするというのは集中合宿のようなものだった。来る日も来る日も電車に揺られ、たいしてかわらない景色を見続けていると飽きてくる。学生に出来ること問えば、議論とゲーム。難関校の学生も少なからずいて刺激的だった。彼・彼女らと時を過ごすうちに、「彼はすごい」「彼女にはかなわない」と思える瞬間が幾度もあった。

いまふり返れば、こうした学外での活動が、わたしが大人になることを手助けしてくれたことは疑いようもない。大学図書館に閉じこもって哲学の古典書を読んでいるかぎり、けっして得られなかったものだろう。しかし、わたしは大学で書物から教養を身につけるという経験を積めなかった。新聞記者になったあとも、みずからの教養のなさを心から恥じ入る場面がいやというほどあった。それは大学教員になったいまも続いている。偉大な学者の前に出ると、いまだに足がすくんでしまう(しょーもない自称・学者は容赦なく斬りますけど)

ここまでをふり返り、じぶんの経験をもとに教訓めいたことを記すとすれば、まず、大学生はキャンパスでしか得られない教養や専門知を身につけるべきであると思う(わたしには達成できなかった)。次に、キャンパス内では出会えないようなスゴイ大人やスゴイ他大学生とたくさん出会うことだ。ときに厳しく叱られ、とても惨めな思いをするかもしれない。そうであっても「口ばっかりの奴らとツルんでいるだけ」「就職のための学歴を買いにきただけ」という4年間をすごすよりましだろう。

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コメント

エエお話しですね!
私も、学生時代にソビエトに行きました。アフガニスタン侵攻の年でした。ハバロフスク、モスクワ、レニングラード、ラトビアのリガ…。35年前の話し。

投稿: わきた・けんいち | 2014年5月 9日 (金) 18時57分

わきたさんも、学生時代にソビエトへ!? そちら方面でも先輩ですね。

投稿: 畑仲哲雄 | 2014年5月10日 (土) 09時20分

畑仲さんのような立派な旅行ではありません。
サークルの演奏旅行です…。

投稿: わきた・けんいち | 2014年5月10日 (土) 22時12分

演奏旅行!かっちょエえ!わたしなど単なる無目的な旅でしたから。

投稿: 畑仲哲雄 | 2014年5月10日 (土) 22時21分

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