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2014年3月19日 (水)

「共同体論」という表現はちょっと・・・

 ながらく積ん読状態だった井上達夫『現代の貧困――リベラリズムの日本社会論』(岩波現代文庫)をだらだら読みました。この本は2001年の『現代の貧困』(岩波書店)を文庫化したもので、内容はやや古いのですが、「共同体論」の負の側面について、あらためて考えさせられました。とくに「日本村」と呼ばれる天皇大好き地域の自治実践と民主主義に関する議論の整理にハっとし、うーんとうなってしまいました。

井上達夫(2001)『現代の貧困』(岩波書店)
井上達夫(2011)『現代の貧困――リベラリズムの日本社会論』(岩波現代文庫)

 「コミュニタリアニズム」という政治哲学の潮流は、マイケル・サンデルの「白熱教室」で広く使われるようになりましたが、井上先生は「共同体論」と記述されています。時代が時代だけに、仕方がないかなと思う半面、「共同体」という言葉が、個人を縛りつけるものというニュアンスを含んでいることも気になりました。「共同体」といえば、大塚久雄『共同体の基礎理論』(岩波現代文庫)を思い出す人もいるでしょう。大塚は前近代的な共同体は乗り越えるべき対象という立場ですから。

 地方自治は民主主義の学校といわれます。A・トクヴィルとかJ・S・ミルら何人もの人が言ってましたよね。人々が地域の問題解決に積極的に取り組む自治の実践は、参加型の民主主義と符合します。大阪の日本村は“活き活きした”コミュニティなのですが、多くの人が日の丸を掲揚し、天皇を崇拝しています。でも、こうした地域コミュニティの慣行が、マイノリティである在日朝鮮人たちに強要されるのは困ったことです。

 井上先生は「だから、共同体論はアカンよ」とは書いていませんが、こういう問いかけをされたとき、分かりやすく議論できるようにしとかないといけないなあと思いました。コミュニタリアニズムも論者によっていろいろあるわけですし、あまりざっくりした議論もどうかな、と思いますが。

 ところで、この本、たしか龍大生の新入生に勧める1冊に指定されていたと記憶しています。でも、こないだまで高校生だった18~19歳には難しすぎ。せめて『自由論(双書 哲学塾)』(岩波書店)あたりにしておくべきです。

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「sociology」カテゴリの記事

コメント

この議論はなかなかタフなものになりそうですねえ。迂回策はないん
だろうか。

投稿: 佐藤和文 | 2014年3月19日 (水) 20時58分

 佐藤さん、こんばんは。
 天皇制と参加民主主義の「幸福なる結婚」についてはいったん脇へおいておきますが(笑)、コミュニタリアニズムの日本語呼称問題はほんとうに悩ましいですね。
 井上先生がいう「共同体論」はどうかと思うのですが、コミュニタリアニズムも片仮名だらけで舌噛みそうです。
 日本を代表するコミュニタリアンの小林正弥先生と菊池理夫先生は「共同体」という言葉を使わず、あえて「コミュニタリアニズム」をお使いですので、わたしも右に倣うしかないと思っていますが、、、どうでしょう。

投稿: 畑仲哲雄 | 2014年3月20日 (木) 00時34分

親父の手元にある1950年代から今にいたる、恐らくは二万点近くある文章の整理を始めてますが、高円寺という町で「人々が地域の問題解決に積極的に取り組む自治の実践」が、記録されてます。
まあ本当に、いろんなことに「積極的に取り組」み自治体を動かしてきている。
時に、都政や国政も。

とはいえ、おっしゃるような「排他的」な色合いのある「共同体」が町にあるわけでもない。

共同体って、何なのでしょうね。

投稿: ママサン | 2014年3月27日 (木) 19時07分

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