戦後70年に読む手塚作品
8・6(ヒロシマ)、8・9(ナガサキ)、安倍談話、閣僚の靖国参拝、そして終戦の日。8月16日以降は、戦後70年企画の特別番組もなくなりました。こんなのでいいのかな。それはさておき、疎遠になっていた手塚治虫の作品をこの夏にいくつか読みました。印象深かったのは『奇子』と『アドルフに告ぐ』です。Wikipediaによると『奇子』は1972~1973年に『ビッグコミック』に連載され、NDL-OPACでみると1976に大都社から単行本が出ていました。『アドルフに次ぐ』は1983~1985年に『週刊文春』に連載されています。ともに戦争の狂気が史実をまじえて描かれ、戦後70年の節目の年に読むには良い内容だと思いました。
手塚治虫『奇子 1』 Kindle版、手塚プロダクション、2014
手塚治虫『奇子 2』 Kindle版、手塚プロダクション、2014
手塚治虫『奇子 3』 Kindle版、手塚プロダクション、2014
手塚治虫『アドルフに告ぐ 1』 Kindle版、手塚プロダクション、2014
手塚治虫『アドルフに告ぐ 2』 Kindle版、手塚プロダクション、2014
手塚治虫『アドルフに告ぐ 3』 Kindle版、手塚プロダクション、2014
手塚治虫『アドルフに告ぐ 4』 Kindle版、手塚プロダクション、2014
手塚治虫『アドルフに告ぐ 5』 Kindle版、手塚プロダクション、2014
『奇子』は、元復員兵が霜川事件(モデルは下山事件です)の予行演習となる事件に関与するところから始まります。GHQやキャノン機関、共産主義や労働運動、暴力団、ムラ社会・イエ制度などが描かれていて、興味深い内容です。『鉄腕アトム』や『ジャングル大帝』で育った世代にとって、『奇子』の後味はきわめて悪く、それゆえに魅力的な内容に思えました。作品内で描かれている人々は政治信条や社会制度とは別の、怨念や贖罪の意識に支配されていて、そのどうしようもなさが肯定されている点に好感を抱きました。
『アドルフに告ぐ』は愛読者が多いと思いますし、芝居やドラマになっているので、私ごときが「なにをいまさら」でしょう。物語のおもな舞台は手塚が少年時代を過ごした関西・神戸とドイツ・ベルリン。2人の「アドルフ」の成長と愛憎をめぐる物語が描かれています。第二次大戦下の日本とドイツのファシズムや民族浄化など人類の負の歴史は避けられません。時代の奔流に翻弄され、人々が無駄に傷つけ合い、奪い合い、殺し合うシーンがいくども登場します。あまりにも人が簡単に死ぬので、嫌になる人もいると思います。手塚はこの作品で、無辜のユダヤ人を殺戮するナチスを断罪しつつも、パレスチナにおけるイスラエルを批判しています。最後の展開にハっとさせられました。(狂言廻しが元通信社記者というのも個人的にはそそられましたが)
両作品は70年代と80年代に公表されたものであり、いま振り返れば「なぜ、あれが隠蔽されている」とか「こんな差別表現が」という批判は成りたちます。「だから手塚はすべてダメなんだ」と、訳知り顔で全面否定をする人もいるかもしれません。でも、万人に受け入れられる完璧な創作物など存在しません。その時代ごとに「手塚ヒューマニズム」が到達した地点があるはず。作者に敬意を払い、物語の面白さをしっかり味わうことのほうが得られるものが多いことはいうまでもありません。近現代史を義務教育や高校で習わず、大人になってからも知ろうとしてこなかった人にはお勧めです。
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