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2016年6月20日 (月)

ジャーナリストと社会運動の距離感 連載「ジャーナリズムの道徳的ジレンマ」第4回

ジャーナリズムとは、ジャーナルとイズムの合成語です。共同性と公開性が支える公共性…… ジャーナリズムとは、わたしたちの暮らし関する重要な情報をみなで分かち合おうとする思想と実践だろうと思います。それが前提としているのは、表現の自由やデモクラシーに価値を置く社会の存在です。

しかし、わたしたちの社会が大切なものを手放しそうになっているのを、たまたまジャーナリストの側が気づいたとき、「ねぇ、みんな聞いてくれ」と呼びかけることはある。でも、それだけでなく「みんなで集まれ、一緒にやろう!」とアクションを起こすことはどこまで許されるのか。

今回のジレンマは、社会科学に関わっている研究者たちにも、公務員にも決して無縁の議論ではないと思います。

〈CASE 04〉ジャーナリストと社会運動の距離感 http://keisobiblio.com/2016/06/14/hatanaka04/

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