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2016年7月12日 (火)

戦場ジャーナリスト、君死にたまふことなかれ 連載「ジャーナリズムの道徳的ジレンマ」第5回

大手マスメディアが撤退した紛争地域を取材するジャーナリストたちがいます。彼ら彼女らの存在を、わたしたちはどのように受け止めればいいのでしょう。自衛隊がサマワに派遣されて以降、日本人は第三者ではなく当事者になったといえます。IS(イスラム国)は日本のジャーナリストを標的としていて、ジャーナリストの仕事は困難を極めています。

〈CASE 05〉 戦場ジャーナリスト、君死にたまふことなかれ http://keisobiblio.com/2016/07/12/hatanaka05/

わたし自身、新聞記者になりたてのころ、旅行先の東南アジアでたまたまクーデター未遂事件に遭遇したことがあります。戦車も戦闘機も出動しました。銃撃戦がおこなわわれた現場を、20代前半のわたしはカメラ片手に半泣きで取材しました。戦場では弾がどこから飛んでくるかわかりません。銃声が鳴り止むまで伏せる。鳴り止むと、撃たれてないことを確認し、より安全な逃げ場に移動するか、その場で踏みとどまり写真を撮るかを判断します。このとき、弾に当たって死亡したカメラマンもいましたが、わたしはかすりきず程度ですみました。運が良かっただけです。

銃声はほんとうに心臓に悪くて、帰国後もしばらくの間、爆竹の音にも体がビクンと反応していたことを、いまもありありと思い出します。同時に、あのころはなんだか無性に苛立ちました。橋田幸子さんもそういう体験をしたと書いていますが、まったく同じです。悲惨な地域から少し離れたところに、当たり前のように平和な街があり、無関心で暮らしている。紛争地で高ぶった気持ちとは相容れず、ちぐはぐな気持ちをもてあましました。

あれ以来、わたしは紛争地に足を運ぶ機会に恵まれていませんが、ジャーナリストが紛争地の危険な取材に吸い寄せられる気持ちが(ほんの少しだけですが)わかる気がします。

これまでのバックナンバー

〈CASE 04〉ジャーナリストと社会運動の距離感 http://keisobiblio.com/2016/06/14/hatanaka04/
〈CASE 03〉その「オフレコ」は守るべきか、破るべきか http://keisobiblio.com/2016/05/24/hatanaka03/
〈CASE 02〉人質解放のため報道腕章を警察に貸すべきか http://keisobiblio.com/2016/05/10/hatanaka02/
〈CASE 01〉 最高の写真? 最低の撮影者? http://keisobiblio.com/2016/04/12/hatanaka01/

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コメント

何も好き好んで、と言われるに決まってるんだが、
だけど好き好んで。
別に死んだり怪我したくて行くわけではなくて、生きて帰って自分の言葉で伝えるためにゆくわけで。
でも、時に帰れねことも起こるわけだということも、頭にはあるんだけど、
好き好んで。
通りにこぼれてく濃厚な香りにひきづられて鰻屋の暖簾をくぐってしまうように、
匂いに魅せられて好き好んで。

大義だとか、使命感だとか、ナントカ魂とか、カントカ精神だとか、もちょっと人様に納得いただける理由はいくらでもあるのかもしれないけど、
ざっくばらんに言えば、好き好んで。

と、好き好んで幾つかの場を踏みに行ってしまった他称戦場派テレビ屋。

投稿: ママサン | 2016年7月13日 (水) 12時37分

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