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2016年10月31日 (月)

原発事故、メディア経営者の覚悟と責任 連載「ジャーナリズムの道徳的ジレンマ」第8回

東京電力福島第一原子力発電所が爆発事故を起こした際、大手マスメディアは待避指示を出し、原発から半径数十キロ内の地域を取材する記者がいなくなり、“情報空白地帯”が生まれした。原発から20~30キロ圏内の住民が、われ先に逃げていったマスメディアに不信感を抱いたのはいうまでもありません。

在京メディアは東京に逃げ帰る場所がありますが、災害が発生した地域のメディアに逃げ場はありません。たとえば放射能事故が起こったとき、その近くに位置するメディアの指揮官は、どのような決断を下せるでしょうか。記者の立場から離れて考えてみませんか。

〈CASE 08〉原発事故、メディア経営者の覚悟と責任 http://keisobiblio.com/2016/10/25/hatanaka08/

これまでのバックナンバー

〈CASE 07〉報道の定義、説明してくれませんか?(2016/08/30)
〈CASE 06〉組織ジャーナリストに「言論の自由」はあるか(2016/08/09)
〈CASE 05〉戦場ジャーナリスト、君死にたまふことなかれ(2016/07/12)
〈CASE 04〉ジャーナリストと社会運動の距離感(2016/06/14)
〈CASE 03〉その「オフレコ」は守るべきか、破るべきか(2016/05/24)
〈CASE 02〉人質解放のため報道腕章を警察に貸すべきか(2016/05/10)
〈CASE 01〉最高の写真? 最低の撮影者?(2016/04/12)

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