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2016年11月29日 (火)

小切手ジャーナリズムとニュースの値段 連載「ジャーナリズムの道徳的ジレンマ」第9回

「小切手ジャーナリズム」という言葉があります。一般に、お金を支払って得た情報を報道ることを意味します。金に物を言わせてネタを買うこと、ジャーナリズムの世界では「恥ずべき行為」とされています。理由は簡単。ジャーナリストは「知る権利」を体現する役目を担っていて、情報の加工流通業者ではないからです。

でも、それは規範論であって、競争状態にあるジャーナリストたちにとって、できればネタ元を独り占めしたいもの。特ダネのためなら大金を支払うケースも起こりうる、というのが実態です。ネタ元が要求する場合だってあります。じっさい「有料記者会見」は幾度も行われてきました。

「知る権利」を振り回すわりに毒にも薬にもならないニュースを報道する記者よりも、わたしたちに必要なのは、小切手ジャーナリズムでもなんでもいいから、有益な報道ができる記者のほうかもしれません。ただ、小切手ジャーナリズムが公然とおこなわれるようになると、ニュースの公共的な価値が減じるかも知れません。

〈CASE 09〉小切手ジャーナリズムとニュースの値段 http://keisobiblio.com/2016/11/22/hatanaka09/

これまでのバックナンバー

〈CASE 08〉 原発事故、メディア経営者の覚悟と責任(2016/10/25)
〈CASE 07〉 報道の定義、説明してくれませんか?(2016/08/30)
〈CASE 06〉 組織ジャーナリストに「言論の自由」はあるか(2016/08/09)
〈CASE 05〉 戦場ジャーナリスト、君死にたまふことなかれ(2016/07/12)
〈CASE 04〉 ジャーナリストと社会運動の距離感(2016/06/14)
〈CASE 03〉 その「オフレコ」は守るべきか、破るべきか(2016/05/24)
〈CASE 02〉 人質解放のため報道腕章を警察に貸すべきか(2016/05/10)
〈CASE 01〉 最高の写真? 最低の撮影者?(2016/04/12)

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