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2017年3月14日 (火)

世間に制裁される加害者家族をどう報じる 連載「ジャーナリズムの道徳的ジレンマ」第14回

マスメディアの犯罪報道は、どちらかというと、被害者に同情的で、加害者に厳しい目をむけがちでした。被害者の立場からすれば、加害者の人権が守られているのに被害者は放置されたままだ、という気持ちになります。しかし、加害者本人は逃げ回っていたり、警察に逮捕されていたりして、バッシングの矢面に立たされているのは、その家族です。

加害者家族に石をぶつけるのは「世間」です。少年犯罪をめぐり、かつて閣僚の1人が、「親は市中引き回しの上、打ち首にすればいい」とおぞましい発言をしましたが、これが世間の処罰感情でしょう。こうした世間の劣情はマスメディアの報道と確実響き合っているように思います。

〈CASE 14〉世間に制裁される加害者家族をどう報じる http://keisobiblio.com/2017/03/14/hatanaka14/

ある加害者家族が書いています。「被害者家族と加害者家族の苦しさはまったく違う種類のものであり、どちらのほうが苦しい、と比べることはできないと思うのです」。加害者家族もまごうことなき被害者です。

バックナンバー

〈CASE 13〉被害者の実名・匿名の判断は誰がする? (2017/02/21)
〈CASE 12〉取材先からゲラのチェックを求められたら(2017/01/31)
〈CASE 11〉 メディアスクラムという名の人災(2017.01.13)
〈CASE 10〉 取材謝礼のグレーゾーン(2016.12.13)
〈CASE 09〉 小切手ジャーナリズムとニュースの値段(2016.10.25)

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