「華氏119」が描く大手メディアの欠陥
映画「華氏119」で感心したのは、マイケル・ムーア監督がドナルド・トランプの個人的資質だけを問題にしているのではなく、むしろメディアの構造的な欠陥をわかりやすく示していたことです。日本在住の私たちも他人事ではありません。他山の石として学んでおく価値があると思いました。
ムーアによれば、テレビが競うようにトランプを取りあげたのは、視聴率が稼げるからです。目立つために放言・暴言を繰り返す奇抜な大統領候補は格好のネタだったわけですが、この映画では巨大テレビ局のキャスターたちもトランプと共通する傾向(女性蔑視)があったことと伝えています。
(日本でも暴言や虚言を芸風にする政治家を在京・在阪の大手局が性懲りもなく取りあげています。みずからの社会的影響力を考えてほしい)
ムーアはリベラルな新聞にも厳しい批判を浴びせています。日本の主流メディアがお手本と仰ぐたニューヨークタイムズ紙が、トランプ政権誕生をあり得ないと考えていたことです。それはヒラリー・クリントンを担いだ民主党幹部と共通する現象です。すなわちNYTも民主党もエスタブリッシュメント化して、生活困窮者の窮状が想像できなくなってしまっていたことです。
(日本でも大手メディアは超高層の豪華な社屋を建て、裕福な家庭で育った高学歴エリートが数多く記者として採用されています。ニューズルームには多様な人材が必要です)
しっかり覚えておきたいと思ったのは、トランプが権力を手中に収める前には、あたかも貧しい人に寄り添う社会主義的な主張を繰り返し、民主党支持者のハートをつかんでいたことです。トランプは、共和党のライバル候補とを面白おかしく罵倒して貧困層からの期待を集め、同時に、マスメディアにも巨額の利益をもたらしていたことを、この映画は伝えています。
この映画では希望も描かれています。銃規制に反対して政治闘争に目覚める若者や、ストライキで待遇改善を勝ち取った教員たち、そして、既存政党へに幻滅するだけでなく積極的に政界に進出しようとするマイノリティの女性たちです。ジャーナリズム研究者の端っこにいる者としては、既存の政治権力や経済権力と距離を置くメディアの活動も描いてほしかったなあと思いますが、無いものねだりはやめておきます。
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