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2018年11月28日 (水)

階層社会と勉学の向上心

清水義範のエッセー『目からウロコの教育を考えるヒント』の中に、ハっとする記述を見つけまし。清水は、名古屋出身のSFエンターティンメント作家で、教員免許を持つことから、その方面のエッセーも多数手がけています。『目からウロコの~~』もそんな作品のひとつで、初版は2001年です(このころ生まれた子供たちを、わたしが大学で教えています)。

清水義範『目からウロコの教育を考えるヒント』講談社 2001年(文庫版 2004年)

清水は17年前に「大胆な予想」と断ったうえで、「この先日本はアメリカ型の階層社会の方向に進んでいくような気がする」と述べています(文庫版19頁)。清水の見立てはこう続きます。

日本人の全員が中流意識を持っていて、知的にも経済的にも均質で、みんな同じくらいの生活をしてきたというこれまでの社会構造が変化していくのではないか。だんだんと、少数のアッパー・クラスと、大部分のロウアー・クラス(それをミドル・クラスと呼んでも事態はいっしょだ)に分かれていくような気がする。国民のほとんどすべてが中流だった珍しい社会形態が失われていくだろう。そして結果的意には国語能力が低下していくはずである。/階層社会は、勉学の向上心が一部の階層にしかもたれない社会だからである。(下線は畑仲が引きました)

日本社会は、清水の予測通りに変化しましたよね。永田町は二世三世の政治家だらけ。なにも政治家にかぎったわけではありません。清水が予見したように、少数のアッパー・クラスの子は十分な教育投資を受けて階層を相続しています。非正規雇用労働者は増大し、経済的に不安定な様態から「プレカリアート」という言葉も流行しました。やり直しのきかないさまを「すべり台社会」と表現した人もいました。同感です。

問題は、ロウアー・クラスに生まれた子供たちが、アッパー・クラスの子供たちと同じくらい努力しても、なかなか階層を飛び越えられないということです。文化資本に圧倒的な差があり、スタート地点がまったく違うので、どんなにあがいても勝てっこないというのが実情でしょう。もちろん、なかには運良く階層を飛び越えていく子もいるでしょうが、多くのロウアー・クラスの親たちは「勉強すれば立身出世できる」という物語を子供に吹き込んだしないのではないでしょうか。

1961年生まれのわたしは、勉強すれば階層を飛び越えられる世代なので、つい「おまえらがんばれ」と言いたくなります。でも、ロウアー・クラスの教育にとって重要なことは、教員がビシビシ鞭を振るって勉強させてアッパー・クラス入りを目指させるのではなく、むしろ、学生たちと一緒に社会構造を変えていく実践的な教育に取り組むことではないかなと思いますが、いかがでしょう。

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