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2019年2月14日 (木)

戦没新聞人の碑とカメジロー

Photo_2これまで仕事のため沖縄を数回訪れていますが、今春ようやく「戦没新聞人の碑」の前に立ちました。この碑はわたしが生まれた1961年9月の末に建立されています。除幕式のようすについて、毎日新聞はベタ記事で次のように伝えています。

【那覇三十日三原特派員】沖縄で戦死した新聞人十四人の功をたたえる「戦没新聞人の碑」の除幕式が新聞週間を前に(1961年9月)三十日午後、遺族をはじめ瀬長琉球政府副主席、新聞、放送関係者ら約百人が列席那覇市波上、旭加丘で行われた。戦没者のうち十二氏は、当時の沖縄新聞社の関係者で、そのほとんどは輪転機を最後まで守り砲爆撃に倒れた。他の二氏は宗貞利登朝日新聞那覇市局長、下瀬豊毎日新聞那覇支局記者で、激烈を極めた戦場で報道の任務に散ったものである。

この碑の前で慰霊祭が毎年営まれているようですが、胸中は複雑です。というのも当時の新聞人は戦時宣伝の担い手だったからです。「自由な報道が許されず不本意であった」という人が皆無だったとは思いませんが、むのたけじさんの回想などを読んでいると、当時の新聞倫理がどのようなものであったかは容易に想像できます。沖縄でどのような新聞が発行されていたかについては、琉球新報社の『沖縄戦新聞』でも一端が紹介されています。

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