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2019年6月19日 (水)

調査者の属性についての備忘録

ある集団を調査するには、同じ属性を持つ者のほうがやりやすい。たとえば、性暴力の被害を受けた女性たちから聞き取りをするには、やはり女性研究者のほうがハードルは低いだろう。エスニシティやジェンダーをめぐる差別や人権をめぐる問題は、やはりマイノリティの研究者のほうが敏感である。実際のところ、マイノリティ集団の調査は、マイノリティの属性をもつ研究者によって担われることが多いのではないいか。
 
けれど、同じ属性やアイデンティティをもつからといって〝本音〟 に迫れるとは限らない。調査者と被調査者の関係が近すぎて、もはや聞くまでもない話題もあるだろうし、「これは聞いてはいけない」と規制してしまう話題もある。
他方、被調査者の側に立って考えると、近しい人には聞かれたくないけれど、赤の他人(よそ者)だからこそ話しやすい話題というものもあるはずだ。わたし自身の記者時代を振り返っても、「こんなこと誰にもしゃべったことないんだけど、じつは」「これって、親には口が裂けても言えないことだよ」「ここじゃあタブーだから誰も口にしないけど、言っちゃうよ」みたいなインタビューを幾度か経験している。
 
「よそ者」の調査者は、集団成員なら共有している体験をもたないので、情報収集の過程で誤解したり失言したりと、いわゆる地雷を踏む可能性が高い。「そんな勉強不足で来たな」「お前らよそ者に何が分かるか」・・・・・・。そんな体験をした取材者や調査者は少なくないはずだ。よそ者は、地雷を踏んでしまった苦い体験を隠すのではなく、むしろ、地雷を踏んだことが貴重な成果であると提示するほうがよいし、それが一種の強みになり得るのではないだろうか・・・・と書くと、一種の開き直りと指摘されるかも知れないかな。

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