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2020年8月20日 (木)

議論を誘発する『赤い闇 スターリンの冷たい大地で』

わたしは仕事柄ジャーナリズムに関する映画は見逃さないようにしていて、授業でも学生に映画を紹介することがあるが、この作品は現役ジャーナリストにはおすすめできる。

映画『赤い闇 スターリンの冷たい大地で』公式サイト http://www.akaiyami.com/

若いジャーナリストを主人公にした『赤い闇:スターリンの冷たい大地』(原題:Mr. Jones)は、ポーランド人の監督のアニエスカ・ホランドが撮った作品で、実在の人物ガレス・ジョーンズの史実に基づいている。ホランドもジョーンズも、日本ではさほど知られていないと思う。わたしも知らなかった。

映画で描かれる世界は、1930年代のスターリン時代のソ連。世界恐慌の中にあって、ソ連だけが繁栄を誇っていることに疑問を抱く若いジャーナリストが、その謎に迫るというストーリー。彼が暴くのはスターリンによって起こされた大飢饉(ホロドモールと呼ばれる)の事実である。

この作品ではいくつもの二項対立が描かれる。まずは、大手メディアの名物記者 vs 若くて無名のフリー記者。前者はピュリッツァー賞の受賞歴があるニューヨーク・タイムズのモスクワ特派員ウォルター・デュランティ。後者は主人公ガレス・ジョーンズ。取材姿勢が全く異なる。

もうひとつは、高級紙の代名詞ニューヨーク・タイムズとウィリアム・ハーストが発行していた大衆紙。この映画でタイムズは外交政策に影響を与える政治的権威として描かれ、一方のハーストは派手な紙面で大衆の世論に影響を与える存在として取り上げられている。

主人公ジョーンズが迫られる選択肢は典型的なジレンマである。ジョーンズは、もし自分がウクライナの飢饉を記事にすれば、不当に逮捕されている6人のイギリス人技師が解放されないと脅される。しかし、もし記事にしなかったら100万人以上のウクライナ人が餓死することも分かっている。つらい選択である。

そのほか、当時の共産主義体制をどう見るかについても、異なる見解が示される。ひとつは、ソ連は壮大な実験の途上にあるという見方、もうひとつはナチスドイツと変わらないまやかしであるという見方。重要な登場人物の一人であるジョージ・オーウェルは当初、前者に近い考えを開陳するが、やがて『動物農場』を書く方向へ変わっていく。

善と悪という単純な図式ではなく、どちらも正しく、どちらも間違っているというような、アンチノミーてんこ盛りなので、たんに「あーおもしろかった」「感動した」ではなく、しっかり議論ができる。ディベートの題材にもなる。

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