『それでも私は』『マミー』『A』が描く世間という魔物
三つの作品が突きつけた重い問い
先日、長塚洋さんが監督した『それでも私は Though I'm His Daughter』を観ました。見終わったあと、1年ほど前に観た二村真弘監督の『マミー』や森達也監督の『A』を観たときのような、なんともいえない重苦しい気持ちになりました。
長塚さんの『それでも私は』は、オウム真理教教祖・麻原彰晃の三女である松本麗華さんに密着したドキュメンタリーです。地下鉄サリン事件の後、教団本部が捜索されて教祖や幹部が逮捕されて一家離散になったとき、松本さんはまだ12歳でした。教団の教義に基づいて教育された松本さんは、16歳でようやく教団から離脱し、一人の人間として生き直そうとします。
しかし、「教祖の娘」ということを知られるたびに、「世間」は彼女を排除しました。大学入試に合格しても入学を拒否され、銀行口座の開設も認められず、アルバイトも次々と解雇される。そんな排除の連鎖に、彼女は長年晒され続けています。
松本さんは、自分の意志で教祖の娘になったわけでもありません。幼かった彼女は一連の事件とも無関係です。つまり彼女は加害者どころか被害者の一人と言えます。それなのに彼女は「逃れられない過去」に苦しめられてきました。「死にたい」と漏らす松本さんの現実を、長塚さんのカメラは淡々と映し出しています。
手記に綴られた「世間」という名の権力
松本さんは2015年に、手記『止まった時計:麻原彰晃の三女・アーチャリーの手記』を出版しています。そこには、彼女を苦しめた「世間」の姿が何度も記録されていました。
罪のない少女を「アーチャリー」と呼び、からかうような記事を書いた当時の夕刊紙や週刊誌の記者たち。面白おかしく報じた情報番組の制作者たち。彼女の入学を拒んだ大学関係者たち。そして、取り調べの際に罪の意識を植え付けようとした警察官や検察官たち。彼女の手記に綴られた「世間」の担い手たちの無自覚な権力性には言葉を失います。
なぜドキュメンタリーは「核心」に迫れるのか
森達也さんの『A』を観た時も、私は自分の胸に手を当てて自問しました。マスメディアは、なぜ森さんのような視点で報道できないのだろうか、と。
その理由の一つは、一般的なニュース報道が「形式的な客観性」という様式に縛られ、取材対象と一定の距離を保つことを求められるからでしょう。それに比べ、ドキュメンタリー作品では、長期間にわたって対象に寄り添い、信頼関係を築く手法がしばしば用いられます。最近知り合った放送局のディレクターが「対象に近づけば客観性から遠ざかる」と語っていましたが、まさにその通りなのだと思います。
『マミー』が問うメディアの原罪
『それでも私は』を観た後、カレンダーを振り返ると、ほぼ1年前に二村真弘監督の『マミー』を観ていました。和歌山毒物カレー事件で死刑判決を受け、今も無実を訴えている林眞須美さんの長男と夫を追ったドキュメンタリーです。
この映画で二村監督は、事件が冤罪である可能性を、実にシンプルな手法で検証していきます。大手報道機関にも調査報道を手がける記者は何人もいますが、私の知る限り、二村監督のような検証を行った例は見当たりません。少しでも冤罪の疑いが拭えないのであれば、権力監視という責務のためにも、彼の後に続くべきではないでしょうか。
しかし、おそらくそれは叶わないでしょう。なぜなら、マスメディア各社はかつてメディアスクラムによって林さん一家や近隣の住民に甚大な被害を与えており、今さら彼らから信頼を得ることは極めて困難だからです。
【参考文献】
長塚 洋(監督)『それでも私は Though I'm His Daughter』、2025年、Yo-Pro、119分。
二村真弘(監督)『マミー』、2024年、digTV/東風、93分。
森 達也(監督)『A』、1998年、製作:安岡卓治/配給:安岡フィルム、135分。
松本麗華(2015)『止まった時計:麻原彰晃の三女・アーチャリーの手記』(講談社)。
畑仲哲雄(2018)「加害者家族を『世間』から守れるか」『ジャーナリズムの道徳的ジレンマ』勁草書房、72-85頁。
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