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2025年8月28日 (木)

ドキュメンタリー評『揺さぶられる正義』

弁護士資格を持つ関西テレビの上田大輔記者が監督を務めたドキュメンタリー『揺さぶられる正義』の試写を見る機会があったので、以下、慣れない批評をしてみたい。
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 冤罪問題に挑む弁護士に憧れた青年は、30歳を目前に司法試験に合格したものの、すでに刑事弁護に希望を見いだせなくなっていた。そんな独白から始まるこの作品は、監督であり主人公でもある上田が発する問いと内省的なナレーションを軸に展開されていく。いわゆる一人称で語るスタイルのドキュメンタリーだ。


 上田は2009年、企業内弁護士として関西テレビに採用され、その7年後、刑事弁護への関心から記者職に転じた。法律家という国家資格を持つ記者というのは、日本の報道機関でも異例の存在である。


 映画では、幼児虐待に関わる4つの刑事事件が取り上げられる。いくつかの事件は、生ニュースとして報道されているし、上田も夕方のワイド番組に裁判の解説をし、深夜のドキュメンタリーも制作した。そのひとつ、虐待の疑いで親たちが逮捕される事件を扱った「ふたつの正義 検証・揺さぶられっ子症候群」は報道界で高い評価を得た。しかし上田は、今回の映画の中で「はたして『ふたつの正義』という安易な物差しで等しく天秤に掛けられるのだろうか」と過去の自らのフレームに疑義を唱える。


 映画の中で、上田の思い出話が何度か挟まれる。ロースクール時代、上田は恩師に、無実を訴える依頼者がクロに思えたらどうするべきかと尋ねた。恩師からは「やってないと言ったら、それを信じるんだよ」と諭されたが、上田は「自分にはできないと思った」。だが、上田の情報源である秋田真志弁護士は、恩師が言うような「信じる」人だった。


 秋田は、冤罪問題に取り組むメンバーたちと居酒屋で卓を囲む場面で、こんな言葉を語る。「信じんかったら始まりませんからね。警察も、検察官も、裁判官も、みんなね騙されるのが嫌いなんです。騙されるのは弁護士の役割ですよ」。刑事弁護士の至言ともいえるこの言葉は、取材者と被取材者との関係に対する重要な問いとして、本作の伏線となる。


 作品を通じて、上田はいくつもの重要な問いをつぶやく。ひとつは、逮捕報道のあり方だ。警察情報だけを元に報じることの危険性は1976年の「疋田リポート」以来、何度も批判されてきた。逮捕前から疑惑の人物を撮影したり接触したりして、逮捕時に一斉に流すやり方は、1988年の和歌山毒物カレー事件などでも繰り返し見られた。そして、メディアの犯人視報道は、警察や検察の冤罪の共犯関係となっている。


 上田は映画の冒頭部分で「テレビ局に入社し、企業内弁護士になったが、刑事司法の問題が頭から離れなかった。だから報道記者になったのに、今自分は冤罪を作る側にいるのかもしれない」と自身の立ち位置を真摯に問う。その問いに対し、上田自身がどのような答えを出したかは、映画を見る人に委ねられる。


 わたしが本作を見て、もうひとつ印象深かったことがある。甲南大学教授の笹倉香菜の言葉に心に響くものがあった。笹倉は秋田とともに冤罪問題に取り組む重要な人物として本作で登場する。彼女は米国留学中、冤罪問題に取り組むイノセンス・プロジェクトに出会い、日本版を立ち上げた。その理由について笹倉は「冤罪は法律家の責任でもあるが、社会全体の責任。救済も支援もしないのは一部の人を見捨てることになる。そのことの贖罪というと変だが、冤罪に苦しんでいる人を助けたい」と述べる。この贖罪という言葉は、映画の中の隠されたテーマであり、上田自身の問いを深めた要因ではなかったか。

 日々のニュースを原稿にする記者は、取材対象との間に一定の距離を保つ。こうした「ディタッチメント(距離の保持)」の原則は、偏向報道を防ぐためにアメリカの主流メディアが築いてきた伝統であり、戦後の日本の報道界もその姿勢を踏襲してきた。

 一方で、ドキュメンタリーという手法は、対象に接近し、深く関わらざるを得ない性質を持つ。ニュース報道が「広く浅く」を旨とするならば、ドキュメンタリーは「狭く深く」を志向せざるを得ない。本作は、そうした両者のスタンスの狭間に位置しており、監督である上田もまた、法律家とジャーナリストという二つの立場の間で揺れ動いている存在だといえる。

 試写を見終えたとき、冒頭に映し出された、息子と戯れる上田の姿がふと脳裏に浮かんだ。彼の個人的な側面を垣間見せると同時に、作品全体の視点に静かに支え続けていたことが理解できた。

上田大輔(監督)『揺さぶられる正義』、2025年、関西テレビ放送/東風




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