カテゴリー「dysphoria」の48件の記事

2025年7月28日 (月)

『それでも私は』『マミー』『A』が描く世間という魔物

三つの作品が突きつけた重い問い

先日、長塚洋さんが監督した『それでも私は Though I'm His Daughter』を観ました。見終わったあと、1年ほど前に観た二村真弘監督の『マミー』や森達也監督の『A』を観たときのような、なんともいえない重苦しい気持ちになりました。

長塚さんの『それでも私は』は、オウム真理教教祖・麻原彰晃の三女である松本麗華さんに密着したドキュメンタリーです。地下鉄サリン事件の後、教団本部が捜索されて教祖や幹部が逮捕されて一家離散になったとき、松本さんはまだ12歳でした。教団の教義に基づいて教育された松本さんは、16歳でようやく教団から離脱し、一人の人間として生き直そうとします。

しかし、「教祖の娘」ということを知られるたびに、「世間」は彼女を排除しました。大学入試に合格しても入学を拒否され、銀行口座の開設も認められず、アルバイトも次々と解雇される。そんな排除の連鎖に、彼女は長年晒され続けています。

松本さんは、自分の意志で教祖の娘になったわけでもありません。幼かった彼女は一連の事件とも無関係です。つまり彼女は加害者どころか被害者の一人と言えます。それなのに彼女は「逃れられない過去」に苦しめられてきました。「死にたい」と漏らす松本さんの現実を、長塚さんのカメラは淡々と映し出しています。

手記に綴られた「世間」という名の権力

松本さんは2015年に、手記『止まった時計:麻原彰晃の三女・アーチャリーの手記』を出版しています。そこには、彼女を苦しめた「世間」の姿が何度も記録されていました。

罪のない少女を「アーチャリー」と呼び、からかうような記事を書いた当時の夕刊紙や週刊誌の記者たち。面白おかしく報じた情報番組の制作者たち。彼女の入学を拒んだ大学関係者たち。そして、取り調べの際に罪の意識を植え付けようとした警察官や検察官たち。彼女の手記に綴られた「世間」の担い手たちの無自覚な権力性には言葉を失います。

なぜドキュメンタリーは「核心」に迫れるのか

森達也さんの『A』を観た時も、私は自分の胸に手を当てて自問しました。マスメディアは、なぜ森さんのような視点で報道できないのだろうか、と。

その理由の一つは、一般的なニュース報道が「形式的な客観性」という様式に縛られ、取材対象と一定の距離を保つことを求められるからでしょう。それに比べ、ドキュメンタリー作品では、長期間にわたって対象に寄り添い、信頼関係を築く手法がしばしば用いられます。最近知り合った放送局のディレクターが「対象に近づけば客観性から遠ざかる」と語っていましたが、まさにその通りなのだと思います。

『マミー』が問うメディアの原罪

『それでも私は』を観た後、カレンダーを振り返ると、ほぼ1年前に二村真弘監督の『マミー』を観ていました。和歌山毒物カレー事件で死刑判決を受け、今も無実を訴えている林眞須美さんの長男と夫を追ったドキュメンタリーです。

この映画で二村監督は、事件が冤罪である可能性を、実にシンプルな手法で検証していきます。大手報道機関にも調査報道を手がける記者は何人もいますが、私の知る限り、二村監督のような検証を行った例は見当たりません。少しでも冤罪の疑いが拭えないのであれば、権力監視という責務のためにも、彼の後に続くべきではないでしょうか。

しかし、おそらくそれは叶わないでしょう。なぜなら、マスメディア各社はかつてメディアスクラムによって林さん一家や近隣の住民に甚大な被害を与えており、今さら彼らから信頼を得ることは極めて困難だからです。

参考文献
長塚 洋(監督)『それでも私は Though I'm His Daughter』、2025年、Yo-Pro、119分。
二村真弘(監督)『マミー』、2024年、digTV/東風、93分。
森 達也(監督)『A』、1998年、製作:安岡卓治/配給:安岡フィルム、135分。
松本麗華(2015)『止まった時計:麻原彰晃の三女・アーチャリーの手記』(講談社)。
畑仲哲雄(2018)「加害者家族を『世間』から守れるか」『ジャーナリズムの道徳的ジレンマ』勁草書房、72-85頁。

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2020年5月22日 (金)

取材源の秘匿について-産経新聞「主張」を批判する

5月22日の産経新聞「主張」は「賭けマージャン 自覚を欠いた行動だった」と題して、東京高検の黒川弘務検事長を厳しく批判した。

批判のひとつは、黒川氏が「3密」の要請を無視して遊んでいたことだ。しかも、自らの定年延長にからんで国会が揉めている最中であった。それが「あまりに軽率な行為で、弁明の余地はなかった」と黒川氏を批判した。

もうひとつは、検察官の職業倫理の問題だ。黒川氏の行動は、2011年に最高検が定めた「検察の理念」に記された規範について「自覚を全く欠いていた」と述べた。

そこまでは理解できる。問題はその先の記述だ。

「主張」は、新聞記者も「新聞倫理綱領」を守らなければならず、「本紙記者2人が、取材対象者を交えて、賭けマージャンをしていたことが社内調査で判明し、謝罪した」と記しつつも、「取材対象者」が誰なのかについては明らかにしていない。「取材相手との接触の詳細は、(取材源の)秘匿の対象にあたる」ためだという。

そこで疑問が生じる。今回の問題を考える際に「取材源の秘匿」を持ち出すことで、誰が守られているといえるのだろうかということだ。

取材源の秘匿とは、誰から情報を得たのかを明らかにせずに報道する際にジャーナリズムの側が求めてきた、ちょっと難しい理論だ。いうまでもないが、通常の記事では「○○によると」と、情報源を明らかにするのがジャーナリズムの鉄則である。それは無責任なことを書かないため、つまり、記事が検証に耐えられるようにするための作法である。一般的な報道では取材源は可能な限り明らかにすることが記者のイロハだ。

ただし例外がある。「○○によると」式の報道のように、記事で取材源を明らかにしてしまうと、その人に危険が及んだり、著しい不利益を与えることが予想されるような場合だ。付け加えれば、その人がもたらす情報によって、社会の不公正や不正義が暴かれることが期待されるような場合が重なるときは悩ましい。

そんなとき、ジャーナリズムの倫理は、取材源を秘匿しながら報道することを尊んできた。何が何でも取材源を守れり、注意深く報道せよという要請である。分かりやすく言うと、「チクったやつはだれだ」と脅されても、絶対に言ってはならない。たとえ逮捕されようと投獄されようと、取材相手の信頼に応えることがジャーナリズム倫理――取材源の秘匿の核心である。

週刊文春の報道によると、賭けマージャンは朝日新聞の元検察担当記者と黒川氏を交えて産経新聞記者の自宅で繰り返し行われていて、しかも新聞社のハイヤーで黒川氏を送り迎えしていたという。朝日と産経としては、文春にすっぱ抜かれたわけだ。

そんなみっともない姿をさらしているにもかかわらず、「主張」筆者は、ウォーターゲート報道を連想させる「取材源の秘匿」というカッコいい理屈を挙げて、何がおこなわれたかを明らかにしようとしない。わたしには、そうした言説が、真相を糊塗するかのような二重三重に恥ずかしい行為に映るし、先人のジャーナリストたちが彫琢してきた取材源/情報源の秘匿の論理を毀損し、ジャーナリズム信頼を損なう振る舞いにも思える。

取材源の秘匿は、取材源を守るためのものであり、企業防衛や格好つけのための小道具ではない。

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2012年5月29日 (火)

「大手病」に対する「無難病」

わたしにとって最初の就職活動は約30年前に遡る。当時は、今日ほど深刻な就職難ではなかったが、それでも就職活動なんてものは楽しいものではなく、よい経験になったとは思えない。わたしたちの世代も、「大手」「有名」企業を志向する傾向があり、「浅薄だ」「本当にやりたいことを考えろ」などと批判されたものである。最近では「大手病」というらしいが、「浅薄」なのは学生側だけだろうか。そうではなくて、むしろ採用側のほうが大学のブランドにこだわっていないのかか。もっといえば、そうした風潮は日本全体を覆っているのではないか。

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2012年2月 1日 (水)

「寝てたら起こされるかな」

昨夕、気分を変えて喫茶店で本を読んでいると、隣にいた老夫婦とみられる男女が席を立った。男性のほうが、通りがかったウェイトレスを呼び止めて、小声で訊ねた。「この店の前で寝てたら、起こされるかな」。ウェイトレスはすこし困った表情で「ほかのお客様もいらっしゃいますし、店の前はちょっと」と言った。年の頃なら50代半ばから60歳くらいの男女は、テーブルの下に置いていたリュックやボストンバッグ、そして、コンビニのビニール袋を5つ6つを手に静かに店を出て、寄り添うように駅のほうに向かって歩いて行った。2人は住むところを失ったホームレスだったと思う。わたしは財布を握りしめたまま何もできなかったことを情けなく思った。

佐藤俊樹(2000)『不平等社会日本――さよなら総中流』、中公新書
井上達夫(2001)『現代の貧困』、岩波書店
神戸幸夫・大畑太郎(1999)『ホームレス自らを語る』、アストラ
岩田正美(2007)『現代の貧困――ワーキングプア/ホームレス/生活保護』、ちくま新書
佐野章二(2010)『ビッグイシューの挑戦』講談社

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2011年2月 2日 (水)

わが町は「禁」だらけ

Bannigふだん何気なく歩いている街角も、見方を変えると奇異に見えてくる。最近わたしが気になっているのは、街が「禁」の文字であふれかえっていることだ。「駐車禁止」「進入禁止」「立入禁止」「貼紙厳禁」「火気厳禁」・・・・ 街中で「禁」の文字と出会わない日はない。「禁」という文字は使っていなくても、「○○はご遠慮ください」とか、「○○お断りします」、「誰かが見てるぞ!」、「迷惑しています」、いろんな言い方で人の気持ちを萎えさせてくれるメッセージも少なくない。来日して漢字を覚え始めたばかりの外国人には、さぞかし変な国に映るのではないだろうか。

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2010年4月27日 (火)

基地と NIMBY (ニンビー)

いまさらながら沖縄の普天間問題について、じぶんなりの考えを備忘録としてメモしておきたい。結論からいえば、わたしはこの問題を、(1) 日本の防衛問題、(1) 日米安保問題、(2) 米軍再編問題、そして何よりも(4) 沖縄だけが過大な負担を強いられている不平等問題――などと理解していた。だが、この間の世論の動きをみるにつけ、もっとも深刻なのは ニンビー問題ではないかと考えるようになった。

NIMBY @ Wikipedia http://en.wikipedia.org/wiki/NIMBY

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2010年4月23日 (金)

就職活動とサイレント

週刊東洋経済の山縣裕一郎さんがラジオ番組で紹介されていた「サイレント」という現象に胸が痛くなった。2010年4月22日のTBSラジオ「森本毅郎スタンバイ」にニュースズームアップ+αというコーナーで山縣さんが問題にしていた「サイレント」とは、就活の学生にYesともNoとも伝えず、放置する企業の不誠実な行為を指す学生たちの隠語である。学生を「サイレント」状態に置く企業は少なからずあり、有名企業に多いということだ。

山縣裕一郎「就職活動で問題化するサイレントとは」 TBSラジオ森本毅郎スタンバイ 2010/04/22
Podcast MP3 Audio File - http://podcast.tbsradio.jp/stand-by/files/plus20100422.mp3

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2010年2月12日 (金)

引用と剽窃と立松さん(他山の石)

Tatematsu_5故立松和平さんの死亡記事や追悼記事をみていると、いまだに「引用」と「剽窃」の区別ができていない記述にお目にかかり当惑した。記事のなかで、「無断引用」という表現がプロ表現者によって使われているのは嘆かわしい。「引用」は本来無断で行う行為であり、「剽窃」とは別なる概念である。この2つの言葉がいまだに混同されるのは何故だろう。

すこし横道にそれるが、立松さんが盗作後に書き直した作品を高橋伴明さんが撮った『光の雨』は、劇中劇のスタイルを採っていて、ストレートな若松作品と見比べると面白い。

高橋伴明監督 『光の雨 連合赤軍事件』 (2001)

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2009年4月27日 (月)

バッシング現象の不思議

HatoyamaSMAPの草なぎ剛氏が公然わいせつ容疑で逮捕されたが、いわゆる「バッシング」が起こったように見えない。むしろ、彼を「最低の人間」と悪罵した鳩山総務大臣への反発に大臣が謝罪したくらいだ。民主党代表秘書が逮捕されたときも、苛烈なバッシングは起こったように映らない。バッシングせよと言っているのではない。むしろ逆で、わたしはヒステリー状態を心の底から嫌悪している。

総務相「最低の人間」発言を撤回 草なぎ容疑者逮捕で (47news 2009/04/24 11:27)

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2009年4月12日 (日)

さん付けのすすめ

新聞記者になって痛感したのは徒弟制度の苛烈さだった。「おい新米、タバコ買ってこい」など仕事と無関係の雑用もたびたび命じられ、ミスするたびに「あほ」「ぼけ」「目ぇ噛んで死ね」などと悪罵を浴びせられたものである。崩壊の一歩手前まで尊厳を踏みにじられた状態で、少しずつ仕事を覚えていくのが通例であった。もう20年も前の、しかも特定の新聞社の、特定の先輩や上司の振るまいなので、むろん一般化することはできないし、さすがに現在では、このような荒んだ人材育成は行われていないだろう。そんなことを思ったのは、わたしがかつて新聞社にいたころの「先輩」と遭遇し、いきなり「さん」付けで呼ばれたことだ。かつてなら横柄に「おい顔貸せ」などとヌカしていたであろうその人のバツの悪そうな表情は、まことに気の毒であった。

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