カテゴリー「cinema」の114件の記事

2018年11月 3日 (土)

「華氏119」が描く大手メディアの欠陥

映画「華氏119」で感心したのは、マイケル・ムーア監督がドナルド・トランプの個人的資質だけを問題にしているのではなく、むしろメディアの構造的な欠陥をわかりやすく示していたことです。日本在住の私たちも他人事ではありません。他山の石として学んでおく価値があると思いました。

マイケル・ムーア『華氏119』公式サイト

続きを読む "「華氏119」が描く大手メディアの欠陥"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年3月12日 (月)

映画『否定と肯定』にみる大衆のメディア

ヘイトスピーチが飛び交う日本で、この映画が上映される意義は大きいと思います。ただ、メディアの観点から見ると、沈鬱な気持ちにならざるを得ません。なぜか。ホロコーストを否定する「歴史学者」は、自ら起こした裁判で敗れ、差別者の烙印を押されても、タブロイド紙やトーク番組が彼を声を取り上げ続けているからです。弁護士や学者は法廷で勝つことを優先しますが、大衆メディアにとって重要なのは「部数が稼げる」「視聴率が取れる」ことなのでしょう。ジャーナリストたちにはそういうところも意識して見てほしい作品です。

ミック・ジャクソン監督『否定と肯定』2016年イギリス・アメリカ合作、デボラ・リプシュタット原作

続きを読む "映画『否定と肯定』にみる大衆のメディア"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年11月28日 (金)

インターステラーと仮名手本忠臣蔵の共通点

 『バットマン・ダークナイト』のクリストファー・ノーラン監督最新作『インターステラー』を観てきました。ワームホールを利用した恒星間飛行は「スタートレック」で幾度となく“疑似体験”しているのでビビったりしませんでしたが、親子の人情話はズシンと心に響きました。

『仮名手本忠臣蔵 (橋本治・岡田嘉夫の歌舞伎絵巻 (1))』( ポプラ社、2003)
ロバート・ゼメキス監督『コンタクト』(1997)
カール・セーガン『コンタクト』〈上・下〉(新潮文庫、1989)
リチャード・ドナー監督『タイムライン』(2003)
マイケル・クライトン『タイムライン』〈上・下〉 (ハヤカワ文庫NV、2003)
『インターステラー』公式サイト http://wwws.warnerbros.co.jp/interstellar/
キップ・ソーン博士公式サイト http://www.its.caltech.edu/~kip/

続きを読む "インターステラーと仮名手本忠臣蔵の共通点"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年1月31日 (木)

最近みたジャーナリストの映画

この間、ジャーナリズムに関する映画もいくつか観たので、備忘録としてメモしておく。ジャーナリストを主人公にした映画には、ラブロマンスやコメディ、サスペンス、アクションなどが豊富にあるが、わたしが興味をもつのは実話・実録モノである。最近みた2作品のうちひとつはジャーナリストを対象としたノンフィクションで、もうひとつはジャーナリストが半生を回顧した作品の映像化である。いずれも論文書きのため観るのをがまんしていた。

アレックス・ギブニー監督『GONZO――ならず者ジャーナリスト、ハンター・S・トンプソンのすべて』(原題:Gonzo: The Life and Work of Hunter S. Thompson、公開年2011)
山下敦弘監督『マイ・バック・ページ』(公開年2011)

続きを読む "最近みたジャーナリストの映画"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年1月30日 (水)

最近みた女たちの映画

博論も終わったので、好きな音楽を聴き、観たかった映画をなるべく観るようにしている。だが、ひとりで観賞しているため、なんども張り合いがない。話し相手もいない。だがせっかくなので、最近みた女たちの闘いを描いた4作品に共通していることを、ネタバレにならない範囲でつらつら書き残しておきたい。

ジョシュア・マーストン監督『そして、ひと粒のひかり』(原題:Maria Full of Grace、公開年2004)
コートニー・ハント監督『フローズン・リバー』(原題:Frozen River、公開年2008)
デブラ・グラニク監督『ウィンターズ・ボーン』(原題:Winter's Bone、公開年2010)
テイト・テイラー監督『ヘルプ――心がつなぐストーリー』(原題:The Help、公開年2011)

続きを読む "最近みた女たちの映画"

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2012年5月15日 (火)

最近みたドキュメンタリー映画(その2)

社会的マイノリティを対象にしたドキュメンタリー2作品を観賞した。1本目は遠藤大輔監督『渋谷ブランニューデイズ』(2011)で、2本目は刀川和也監督『隣る人』(2012)である。わたしは映像表現の文法や撮影・編集の技法について熟知しているわけではないが、この2作は対照的に思えた。『渋谷ブランニューデイズ』は数十年にわたってホームレスにまつわる社会事象に関わってきた監督自身のメッセージが明確に伝わる作品であるのに対し、『隣る人』は児童養護施設の子供と福祉士に徹底して寄り添うことに徹しているような不思議な作品であった。もしわたしが2つの対象を取材し、印刷媒体で表現するとすれば、どのように表現していただろう。


遠藤大輔監督『渋谷ブランニューデイズ』(2011)

  ドキュメンタリー映画「渋谷ブランニューデイズ」予告編(YouTube)
  反貧困ネットワーク ドキュメンタリー映画 『渋谷ブランニューデイズ』
  DROPOUT TV ONLINE
刀川和也監督『隣る人』(2012)
  映画『隣る人』予告編(YouTube)

続きを読む "最近みたドキュメンタリー映画(その2)"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年5月 1日 (火)

最近みたドキュメンタリー映画

意識的にガマンしてきた映画鑑賞をゆるゆると再開しはじめた。最近みたのは、井手洋子監督『ショージとタカオ』(2010)と鈴木正義監督『医す者として』(2011)である。2作品は異なる視点から、異なる手法で作られており、並べて感想を述べる蓋然性はないが、たまたま続けて観る機会があったので、考えたことをつづってみたい。

井手洋子監督『ショージとタカオ』(2010)
  井手洋子『ショージとタカオ』(文藝春秋,2012)
鈴木正義監督『医す者として』(2011)
  南木佳士『信州に上医あり―若月俊一と佐久病院』(岩波新書、1994)
  若月俊一『村で病気とたたかう』 (岩波新書、2002)

続きを読む "最近みたドキュメンタリー映画"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年1月17日 (月)

映画『ソーシャル・ネットワーク』を観て

世界で5億人が登録しているという巨大SNSである facebook草創期を描いた映画『ソーシャル・ネットワーク』を観た。事実をもとにして構成したフィクションだが、代表的な人物や組織の固有名詞は実名で、どこまでが事実でどこからが創作なのかはわからない。ただ、人と人の絆を紡ぐプログラムの開発者が、金銭的成功の陰で自らの人間関係をズタズタにしていったという“裏面史”を、古典的な一方通行メディアの映画が“暴く”というのは、なんとも皮肉だ。

ソーシャル・ネットワーク - オフィシャルサイト http://www.socialnetwork-movie.jp/

続きを読む "映画『ソーシャル・ネットワーク』を観て"

| | コメント (4) | トラックバック (1)

2010年12月30日 (木)

傑作!『町の政治~べんきょうするお母さん』

『誰が医療を守るのか』の著者でもあるママサンちで、時枝俊江監督の『町の政治~べんきょうするお母さん』を観賞させてもらった。この作品はドキュメンタリーとかノンフィクションというよりも、岩波の教育映画と呼ぶべきかもしれないが、たいへん見応えがあり、じつにいろんなことを考えさせてくれる傑作である。テーマは多岐にわたる。地域自治、公民館活動、政治参加、子供の教育と社会教育、市民性・公共性、メディア実践・・・などなど数え上げればきりがない。地に足ついたデモクラシーとはこういうことをいうのだろう。

時枝俊江監督『町の政治 : べんきょうするお母さん』 (岩波映画 ,1957)
映画『町の政治』製作50年 くにたち PEACE WEB
おかあさんの民主主義―岩波映画に見る昭和30年代のくらし― JM

続きを読む "傑作!『町の政治~べんきょうするお母さん』"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2010年11月14日 (日)

キャプラのメディア観と公衆観

Meet_john_doeきのう何の気なしにCATVを付けていたらF.キャプラ『群衆』が放送されていて、つい引き込まれた。キャプラといえば『スミス都へ行く』『素晴らしき哉、人生!』『或る夜の出来事』あたりがすぐに引き合いに出され、『群衆』は目立たない部類に入ると思う。わたしも長らく観たいと思っていたが近くのレンタル店になく、なかなか出会えなかった。だが、実際に観て驚いたのは、この作品が太平洋戦争勃発の1941年の製作であるにもかかわらず全く古びていないこと。そして、キャプラの問いは約70年後の今日もメディアとデモクラシーの難問であるということだ。

フランク・キャプラ監督 『群衆』 (原題:"Meet John Doe"、1941、米)

続きを読む "キャプラのメディア観と公衆観"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧