カテゴリー「history」の23件の記事

2015年8月19日 (水)

戦後70年に読む手塚作品

 8・6(ヒロシマ)、8・9(ナガサキ)、安倍談話、閣僚の靖国参拝、そして終戦の日。8月16日以降は、戦後70年企画の特別番組もなくなりました。こんなのでいいのかな。それはさておき、疎遠になっていた手塚治虫の作品をこの夏にいくつか読みました。印象深かったのは『奇子』と『アドルフに告ぐ』です。Wikipediaによると『奇子』は1972~1973年に『ビッグコミック』に連載され、NDL-OPACでみると1976に大都社から単行本が出ていました。『アドルフに次ぐ』は1983~1985年に『週刊文春』に連載されています。ともに戦争の狂気が史実をまじえて描かれ、戦後70年の節目の年に読むには良い内容だと思いました。

手塚治虫『奇子 1』 Kindle版、手塚プロダクション、2014
手塚治虫『奇子 2』 Kindle版、手塚プロダクション、2014
手塚治虫『奇子 3』 Kindle版、手塚プロダクション、2014
手塚治虫『アドルフに告ぐ 1』 Kindle版、手塚プロダクション、2014
手塚治虫『アドルフに告ぐ 2』 Kindle版、手塚プロダクション、2014
手塚治虫『アドルフに告ぐ 3』 Kindle版、手塚プロダクション、2014
手塚治虫『アドルフに告ぐ 4』 Kindle版、手塚プロダクション、2014
手塚治虫『アドルフに告ぐ 5』 Kindle版、手塚プロダクション、2014

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2011年2月21日 (月)

「市民社会」がかつて含意したもの(備忘録)

わたしたちが少しのためらいもなく使う「市民社会」という言葉は、かつての日本では軽々に使われることはなかった。理由はマルクス主義の影響である。戦後の思想界をリードした丸山眞男や大塚久雄が活躍した時代、「市民社会」という言葉は civil societyではなく、 bürgerliche Gesellschaft (ブルジョアのゲゼルシャフト)の翻訳として受け止められるのが一般的で、この言葉を肯定的に使用することは資本主義を容認し、教条的なマルクス主義者からの批判を招くものであった。こうした日本の「市民社会」をめぐる議論について整理してくれている論文と出会った。

渡辺雅男(2009)「日本における市民社会論の系譜」『一橋社会科学』通号6,pp.49-72.

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2011年2月 6日 (日)

トクヴィルと新聞の分権(備忘録)

Hasegawa_journalism01ほんの少し前まで「ブログ」と「革命」をセットで使っていた人もいたが、 facebook や twitter がチュニジアやエジプトで国家権力を揺るがし、Wikileaks が核兵器を保有する超大国を慌てさせる時代に入ってしまった。ある時点のテクノロジーが未来を規定すると考えた矢先に、次なる別のテクノロジーとその受容が過去の予測をどんどん上書きしてしまう。そんな時代に、少し古いけれどとても面白い論文に出遭った。

長谷川秀樹(1998)「トクヴィルのデモクラシー論における新聞の位置:ジャーナリズムの自由と分権 (トクヴィルと現代)」『立命館大学人文科学研究所紀要』 (72), 53-71.
Full Text "DEMOCRACY IN AMERICA" Alexis DeTocqueville
Democracy in America — Volume 1 by Alexis de Tocqueville - Project Gutenberg
Democracy in America — Volume 2 by Alexis de Tocqueville - Project Gutenberg
アメリカのデモクラシー (第1巻上) (岩波文庫)
アメリカのデモクラシー〈第1巻(下)〉 (岩波文庫)
フランス二月革命の日々―トクヴィル回想録 (岩波文庫)

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2011年1月31日 (月)

根津神社と権現信仰

Nezu一次審査のレジュメづくりも一段落した(ことにする)ので、きのうの昼下がりに同居人のお供をして散歩に出かけた。行き先は根津。これまでにも何度か歩いた街だけど、根津神社に足を踏み入れたのは今回が初めてだった。境内に入ると、ひしゃくで手と口を清める手水舎(ちょうづや)があるのだが、そこには寺院を示す「卍(まんじ)」の印が彫られていた。この神社はかつて「根津権現」として知られていたのだ。

内山節(2010)『共同体の基礎理論:自然と人間の基層から (シリーズ 地域の再生)』農山漁村文化協会

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2010年2月24日 (水)

『蟻の兵隊』はスクープ映画

Arinoheitai約2600人の日本軍兵士が、終戦後も中国・山西省に残り、中国共産党軍と戦ったという、不可解な史実は、いまもそれほど多くの人に知られていないのではないか。歴史の闇に埋もれていたとこの事件を、ドキュメンタリー作家・池谷薫は、元兵士たちに寄り添い、彼らの証言を掘り起こし、世に問うた。2006年に公開され反響を呼んだこの作品を観たのは2010年になってから。なにを今さらかもしれないが、観てよかったと思う。

池谷薫監督 『蟻の兵隊』 (蓮ユニバース、2006)
映画『蟻の兵隊』公式サイト http://www.arinoheitai.com

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2009年1月16日 (金)

郷土のコモンズ戦国武将

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NHK大河ドラマを誘致するため、官民挙げた息の長い運動が各地で繰り広げられている。舞台が巨大都市ならいざ知らず、過疎地にドラマがやってきたら、それもう一大事である。たとえ脇役でも、人気芸能人が地元にやってくるだけで、その効果は絶大。たとえば2007年の『風林火山』の主人公は武田信玄の軍師で主な舞台は山梨だったと思うのだが、信玄の宿敵・謙信を演じたGacktさんがロケなどで幾度も訪れた新潟県上越市は沸きに沸いた。地元紙によると、8月の謙信公祭は2日間で過去最多の20万3100人の観客を記録! その数は上越市の全人口をあっさり超えていた。

外川淳『直江兼続 戦国史上最強のナンバー2』 アスキー新書、2008
ガクト旋風、タイムスにも 早々と新聞売り切れ(上越タイムス - 2007年9月10日)
ガクト謙信、大きな経済効果 「一過性で終わらないよう」(上越タイムス - 2007年9月28日)
Gackt動画 http://cgi2.nhk.or.jp/paphooo/result/search_result.cgi?action=detail&file_no=1999

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2009年1月 5日 (月)

『國民の創生』からオバマ政権へ

144351Birthofanationpostercolorあの映画から90年あまりで、黒い肌の男性が大統領に就任するとは、映画の父グリフィスも想像できなかっただろう。あの映画とは、南北戦争からリンカーン暗殺、K.K.K.の創設までを描いた『國民の創生』(1915)である。K.K.K.を英雄として礼賛したことから、「アメリカの恥」とも言われた作品であるが、だからこそ2009年1月にあえて振り返ってみる価値がある。アメリカというネーションがいかにして想像 (or 捏造) され、今日に至るのか。

G.W.グリフィス監督 『國民の創生』 ( 原題: The Birth Of A Nation、1915、米 )

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2008年11月25日 (火)

『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』 の源流

Therewillbebloodこの作品をめぐっていろんな深読みがなされており、その一方で、やはり映画そのものについて語るべしという真っ当な意見もある。映画の原作となったシンクレア『石油!』を読んでいないくせに深読みをするのは滑稽だが、あえて妄想してみたい。わたしの感想は、この作品の底流に大恐慌時代のアメリカで盛り上がった社会主義的な思想が脈打っているのではないかということ(そして、主人公を演じたダニエル・デイ=ルイスが植木等に似ていたということ)。ことし観たなかで最高の映画だと思う。

ポール・トーマス・アンダーソン監督 『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』 (原題: There Will Be Blood, 2007、米)

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2008年9月29日 (月)

イデオロギーあれこれ(備忘録)

Ideolgoyteeshirtイデオロギーというと、冷戦下の米ソ対立や、左翼思想などが連想されたり、人々を動員する悪魔的な虚構のように見られがちだ。この語を口に出すと、「あんた、なんか悪いことやってんの?」などと、あやしい政治活動をしている者のように敬遠されることもある。しかし、歴史を振り返り、あらためて今のわたしたちの世界を見つめ直すと、いたるところにイデオロギーが在ることがわかる。というか、わたしたちはイデオロギーのなかで生活していて、脱イデオロギーというのもひとつのイデオロギーといえるかもしれない。

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2008年7月25日 (金)

これも郷愁系か『告発のとき』

Inthevalleyofelahposter役者の名演技に引きずられそうになるが、あらためて内容を再検討すると「うーむ」という感じ。P.ハギス監督『告発のとき』である。原題は "In the Valley of Elah" 、直訳すれば「エラの谷にて」。エラの谷とは、旧約聖書で少年ダビデが巨人ゴリアテを倒す場所。宗教について明るくないのでなんともいえないが、今日の若い米兵をダビデにだぶらせつつも、必ずしもダビデのようになれない“実像”が描かれているわけだけど、ネタバレになるのでこれ以上は書かない。

ポール・ハギス監督 『告発のとき』 (原題:"In the Valley of Elah" 、米、2007)

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