カテゴリー「journalism」の220件の記事

2018年8月 6日 (月)

報道倫理の新しいケースブック

2018年度後期から、別の教員が受け持っていた「メディアと倫理」という講義を担当することになりました。授業内容は、ジャーナリズムの現場で実際に起こった悩ましいできごとを、グループディスカッションを通じて考えていくというものです。前任の教員とさほど変わりはありません。ただし教科書を使います。

『ジャーナリズムの道徳的ジレンマ』 勁草書房, 256頁, 2400円, ISBN 978-4-326-60307-7
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2018年5月 8日 (火)

後輩の女性記者が取材先でセクハラ被害に遭ったら 連載「ジャーナリズムの道徳的ジレンマ」第20回

テレビ朝日の記者が財務次官からセクハラ行為に悩んでいた事例は、メディア関係者に波紋を広げています。オレがセクハラの加害者になるはずがない、と自信満々の人もいると思いますが、そんな人も「傍観者」と指摘される可能性があります。同僚や後輩がセクハラ被害者に遭ったことを知ったときのことをシミュレーションして考えたことがある人は、意外と少ないのではないでしょうか。

ハラスメントについての内規や相談窓口を完備しているメディア企業もあります。「わが社は専門家がいるので安心だ」という人もいるでしょう。でも、制度を作れば万事OKでしょうか。ルールブックは作る人や作られ方によっては妙なバイアスがかかるものですし、たえざる見直しが必要です。

〈CASE 20〉後輩の女性記者が取材先でセクハラ被害に遭ったら http://keisobiblio.com/2018/05/08/hatanaka20/

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2018年4月13日 (金)

同僚記者がセクハラ被害を受けたら

2018年4月12日、『週刊新潮』が財務省事務次官のセクハラを報じました。気になったので、わたしも新潮を買って、記事を読みました。

記事の中で発言を引用されていたのは次の6人。①大手紙記者、②テレビ局記者、③別のテレビ局記者、④別の大手紙記者、⑤テレビ局デスク、⑥財務省を担当する30歳のある女性記者。⑥は①~④と重複している可能性がありますし、取材協力者がほかにいるかもしれません。被害者は、大手紙や在京キー局の取材記者たちで、財務省担当者がターゲットになったことが分かります。

財務次官にセクハラ発言報道 | 2018/4/11(水) 17:43 - Yahoo!ニュース

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2018年3月12日 (月)

映画『否定と肯定』にみる大衆のメディア

ヘイトスピーチが飛び交う日本で、この映画が上映される意義は大きいと思います。ただ、メディアの観点から見ると、沈鬱な気持ちにならざるを得ません。なぜか。ホロコーストを否定する「歴史学者」は、自ら起こした裁判で敗れ、差別者の烙印を押されても、タブロイド紙やトーク番組が彼を声を取り上げ続けているからです。弁護士や学者は法廷で勝つことを優先しますが、大衆メディアにとって重要なのは「部数が稼げる」「視聴率が取れる」ことなのでしょう。ジャーナリストたちにはそういうところも意識して見てほしい作品です。

ミック・ジャクソン監督『否定と肯定』2016年イギリス・アメリカ合作、デボラ・リプシュタット原作

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2018年3月 9日 (金)

ジャーナリズムとアカデミズム、月刊Journalism連載第4回

2018年3月9日発売の『Journalism』に、連載の4本目「記者講座 ジャーナリズムとアカデミズム」が掲載されました。私は約25年の記者生活を経て大学教員に転職しました。大学院に入学したのはちょうど中間管理職にさしかかった42歳の春。そこで痛感したのは、ジャーナリズムとアカデミズムの住人が、なんだか仲の悪い双子のようだ、ということでした。

「記者講座 道徳的な難問を考える(4) ジャーナリズムとアカデミズム」『Journalism』 (334):2018.3

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2018年2月 9日 (金)

記者が立場を自覚するとき、月刊Journalism連載第3回

2018年2月10日発売の『Journalism』に、連載の3本目「記者講座 記者が立場を自覚するとき」が掲載されています。ストレートニュースを報じる記者は、事実を客観的に把握し、偏向(バイアス)のない第三者の立場から原稿を書くよう訓練されています。しかし、それは「努力目標」というか、一種の「理想状態」です。どんな記者にも、国籍、民族、ジェンダー、出生地・生育地、社会階層、病気や障害の有無などの変更できない属性があります。この回では記者のアイデンティティとポジショナリティをめぐる議論を検討してみました。

「記者講座 道徳的な難問を考える(3) 記者が立場を自覚するとき」『Journalism』 (333):2018.2

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2018年1月30日 (火)

記者が泣くとき怒るとき、月刊Journalism連載第2回

朝日新聞社ジャーナリスト学校が発行する月刊誌『Journalism』の連載2回目は、「記者講座 記者が泣くとき怒るとき」です。2018年1月号に掲載されています。ジャーナリストは強靱な体力と冷徹な意志の持ち主だと思われがちですが、優柔不断で気が小さくて、お悩み上手な人も少なくありません。この回では記者の内的体験という語られることの少なかったテーマについて検討してます。

「記者講座 道徳的な難問を考える(2) 記者が泣くとき怒るとき」『Journalism』 (332):2018.1

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2018年1月29日 (月)

記者が〈ルール〉を破るとき、月刊Journalism連載第1回

朝日新聞社ジャーナリスト学校が発行する月刊誌『Journalism』で連載する機会をいただきました。わたしが担当しているのは「記者講座」というコーナーです。これまで何人ものベテラン記者たちが筆を執ってこられた定番のページです。第1回の記事は2017年12月号に掲載されました。タイトルは「記者が〈ルール〉を破るとき」です。

「記者講座 道徳的な難問を考える(1) 記者が〈ルール〉を破るとき」『Journalism』 (331):2017.12 p.84-91


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2017年12月 8日 (金)

龍谷大学の公開講座もジャーナリズム活動

龍谷大学では、社会人向けの公開講座を開講していて、この秋、私も微力ながら講師を務めました。講座タイトルは「ジャーナリズムの道徳的ジレンマ」です。勁草書房編集部ウェブサイト・けいそうビブリオフィルで連載させてもらったのと同じタイトルと同じで、私が取り組んでいる研究内容そのものです。

社会人向け講座の受講者の多くが60歳以上です。私からすれば人生の先輩といえる方々で、ふだんは20歳前後の学生を相手にしている感覚とは異なり、目から鱗の連続でした。5回の講義をやり終えたいま、引き受けて良かったと思っています。受講してくださった方々と事務方のみなさんには感謝の気持ちを伝えたいです。

https://rec.ryukoku.ac.jp//search/start/details/7558

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2017年7月 3日 (月)

始動 全国地域紙ネット

 地域紙のジャーナリストたちの“よろず相談所”をfacebook上に開設しました。名目上、わたしが世話役を務めていますが、わたし一人ではあまりに非力なので、丹波新聞社の足立智和記者の力を借りています。まだ生まれたばかりの「ひよっこ」で「あまちゃん」のような存在ですが、地域紙のみなさんの参加を募ります。

全国地域紙ネット https://www.facebook.com/zenchishi/

●なぜ地域紙なのか

 全国紙や県紙(地方紙)よりも小さな「地域紙」は、全国に約200あります。そうした地域紙は、ながらく「ジャーナリズムの実践者」とは見なされてきませんでした。

 理由のひとつに、地域紙の多くが日本新聞協会に加盟していないことが挙げられます。日本新聞協会は敗戦後の占領期、日本の全国紙と県紙が設立した業界団体で、設立過程に占領軍への忖度や隷従があったことが知られています。地域紙で新聞協会に加盟している社は少数です。

 現在発行されている地域紙の一部は、戦時下の新聞統合(一県一紙政策)によって強制的に休刊に追い込まれながらも、戦後復刊した気骨ある言論機関です。明治・大正期に創刊した名門紙も少なくありません。他方、地域紙の中には、「地方の時代」やミニコミブームなどを映すかのように1970~1980年代に創刊された新しい新聞もあります。それら新興紙は、言論機関というよりも、暮らしに密着した独自のスタイルを追求してきました。

 多様な地域紙は、多様なジャーナリズムの担い手です。規模が大きな新聞社でも、政府の宣伝機関のような記事を載せる例もあります。ジャーナリズム活動の良し悪し、企業規模の大小とは関係ありません。規模の小さな新聞社を、規模の小ささゆえに「ジャーナリズムの実践者」ではないと見なしている人には考えをあらためてほしいと思います。

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